兄の願い
作・富士


「まことに残念ですが、たとえ復帰できたとしても今まで通りの活躍は無理でしょう」
 医者に言われた言葉を今日もまた俺は思い出していた。
 あのときの悔しさは2ヶ月たった今でも忘れたことがない。

 父は長距離走、母は短距離走で活躍し、テレビで中継されたこともあるらしい。
 らしいというのは、俺が生まれたときには両親とも引退したあとで、
 1度も両親が走っているのを見たことがないからだ。
 そんなわけで、二世である俺に対する周囲の期待は高かった。
 始め俺はその周囲の期待が嫌でしょうがなかった。走るのを辞めたいと思うこともあった。
 でも辞められなかった。
 それは俺が走ることが好きだからだ。走ることでしか自分を表現できないからだ。

 「俺には走ることしかない」
 そう覚悟を決めたとき、始めは嫌でしかなかったはずのプレッシャーが楽しめるようになった。
 「みんなが俺の走りに期待してくれている」と思うと猛練習にも耐えられた。
 しかし、その猛練習があだになった。選考レースに勝ち、本番を控えた1週間前、俺は足を骨折した。
 大したことない。そう思っていた。それがあの医者の言葉・・・ ショックだった。
 俺は引退を決意し、今故郷の北海道に帰ってきていた。


「コウタ、ご飯の用意できたわよ。いっぱい食べて早くよくなってね。」
 俺の前に山盛りの飯を差し出しながら彼女はかわいらしく微笑んだ。彼女の名は「川田麻衣」。
 ポニーテールの似合う、20歳を過ぎた今でも高校生に間違われそうなかわいい女性だ。
 小さい頃、そして今、彼女は俺の身の回りの世話をしてくれている。
 小さい頃にはよく一緒に走ったものだった。
 そのときのことは今でもよく覚えている。

 「あの木まで競争よ!」
 彼女が走り出す。ついで俺も走り出す。結局いつも勝つのは俺。そして彼女が言うセリフはいつも同じだった。
 「くやしい〜」
 口では悔しいと言いながら、顔は満面の笑みだった。俺は彼女のこの顔が見たくて頑張った。
 今から考えると、この競争で俺は走ることが好きになったのかもしれない。そして彼女のことも・・・
 叶わぬ恋と知りながら。

 そんな昔のことを思い出しながら飯を食べていると、彼女が不意に言った。
 「コウタが帰ってくる少し前にね・・・ 連絡があって・・・ コウタ、あなたにね、“妹”ができたらしいの」
 「は?」一瞬自分の耳を疑った。「イモウトガデキタ」そう聞こえた。聞き間違い?でも確かにそう言った気がする。
 思考が追いついていない俺に彼女が続けて言葉を発する。
 「名前はユウコっていうらしいよ」
 そこまで聞いてやっと事態が飲み込めた。そうか俺に妹ができたのか。
 嬉しいと思う反面、怒りが沸いてきた。父は引退後、あちこちに女を作り、いわゆる「SEX」をしまくっていた。
 そして俺達の元を去った。俺は母を捨てた父を憎んでいた。母もそんな父を見てきたはずじゃなかったのか!
 それがどうして他の男と関係を持ち、まして子供まで・・・

 始めのうちは母への怒りで一杯だった。でも、1週間また1週間と経つにつれて、母への怒りは薄らいでいった。
 それとは逆に、まだ見ぬ妹への想いが大きくなっていた。
 「どんな顔してるんだろう?」
 「どんな声してるんだろう?」
 いつもそんなことを考えるようになっていた。

 そしてある夜夢を見た。
 「さあ第四コーナーを回りまして最後の直線。先頭はユウコ。ユウコ先頭。兄の無念を晴らしGT初制覇なるか。
 残り100を切った。先頭は変わらずユウコ。今一着でゴール!見事オークスを制しました〜!
 兄コウタがダービー直前の骨折で引退して3年。その妹ユウコが見事にGT制覇を成し遂げました〜!」

 実況が終わると同時に目が覚めた。
 そう俺たちは競走馬だ。競走馬は走り、勝つことが宿命付けられている。
 その勝利がドラマティックであればあるほどみんなが喜んでくれる。兄の成し得なかったGT制覇を妹が成し遂げる。
 たしかにドラマティックだし、みんなが喜んでくれると思う。でも、俺は今の夢が正夢にならなくてもいいと思った。
 俺は“ダービーに勝つ!”という夢を目指すのと引き換えに骨折し引退を余儀なくされた。
 後悔はしていない。していないけど、まだまだ走りたかった。みんなの笑顔が見たかった。
 妹にこんな思いはさせたくない!無事に走ってくれさえすればGTなんてどうでもいい。
 どんなレースにだってみんなの笑顔はあるのだから。そう無事に走ってくれれば・・・
 「ケガだけはするなよ」
 小さくつぶやいて俺はまた眠りについた。

 ―完―


あとがき
みなさまはじめまして。富士といいます。
生まれて初めての小説、掲示板への書き込みもしたことがなく、
エロ中心の他のみなさまの中でまったくエロなし(一応エロなしでもOKだったとは思いますが)。
しかも他の投稿者のみなさまのレベルが高いなかで、私はというと稚拙な文章、さらに馬オチ、
ということで投稿しようか迷ったのですが、思い切って投稿することにしました。

とりあえずエロを期待した方ゴメンナサイ。エロゲーはそこそこやりますが、私には書けそうにないです。
今回書いてみて、『耳をすませば』(ジブリ作品)の雫の言葉「書きたいだけじゃダメなんだ」
というのを改めて実感しました。勉強しないとダメですね。

他のお題候補を見る限り、今回限りのスポット参戦になりそうです。時間・アイデアともに不足気味なので。
最後まで読んでくださったみなさま、そしてこのような場を提供してくださった管理人のらぴ夫様、
ありがとうございました。
願わくば、オチを知ってから再読していただければ幸いです。