姉貴の秘密
作・富士


俺の家は、俺と母親の公子・長女の幸子・次女の春香、そして3番目の姉貴である真澄の5人家族だ。

父は6年前、俺が小学校3年のとき過労のため他界した。正式な病名は覚えていない。
家族よりも仕事を大事にする典型的な日本のサラリーマン。結局それが災いした。幼稚園や小学校の運動会、
いつも接待や仕事で1度も参加したことがない。姉たちも同様だったらしい。
父が死んで6年。ほとんど記憶には残っていない。そんな俺が唯一記憶しているのは、
書斎のパソコンに向かって会社から持ち帰った仕事をしている父の背中だけだ。だから父が死んだとき涙を流すこともなかった。

母の公子は父が死ぬまで専業主婦だった。2、3年働いただけで父と結婚したのでほとんど社会人の経験はない。
そんな母が、パートとはいえいきなり働かなくてはならなくなった。
4人の子供を抱えてどんなにつらかっただろうと思うと、本当に頭が下がる。

長女の幸子は26歳。今はもう家にいない。大学卒業と就職を機に一人暮らしを始めた。
たまに思い出したように家に帰ってくるだけだ。俺と10歳離れているので、ほとんど一緒に遊んだ記憶がない。
高校の先生をしているので、家に帰ってきたときには勉強を教わっている。なんか今のほうが昔よりよく話をしている気がする。

次女の春香は23歳。長女の幸子同様、就職をして一人暮らしをしている。大学時代は派手に遊んでいた。
それでも就職を控えたころには大人しくなったのだが。今はOLをしている。姉と違い家に帰ってくることがほとんどないので、
現在どうしているのかまったくわからない。ほんとに困った姉である。

そして何といっても3番目の姉貴真澄が俺にとっては一番思いが強い。いろんな意味で・・・
姉貴は19歳。俺と母と一緒に住んでいる。今年の春に高校を卒業したのだが、就職もせずいまだに遊んでいる。
とりあえず新宿でバイトはしているようだけど。なんかいかがわしいバイトのようで俺も母も心配している。
姉貴の性格などを考えると仕方ないとも思えるが。
俺は姉貴に頭が上がらない。

俺が幼稚園に通っていたころ、恥ずかしいがいじめにあっていた。今思うといじめというより意地悪みたいな感じで、
本当はたいしたことなかったんだろうけど気が弱かった俺は傷ついた。
「もう幼稚園に行きたくない!」なんて言って、登園拒否までしていた。
そんなとき助けてくれたのが姉貴だった。姉貴はいじめをしていたグループの中心のガキ大将に向かって注意してくれた。
おかげでその後いじめは無くなった。
それからも勉強を教えてもらったり、一緒に暗くなるまで遊んだり、とにかく仲がよかった。
さすがに姉貴が中学に入学してからは遊んでもらえなくなったけど。それまで男らしかった姉貴が急に女らしくなったのもこのころからだった。中学生にもなると大人の自覚が芽生えるんだろうが、ちょっとショックだった。
それまでは本当に男同士って感じで仲良くやってたから。

こっちは正直に答えたんだからタカも正直に書いてくれよ。よろしく。        ナオト

メルトモのタカへのメールを送信して一息ついた。タカと知り合って約1年。何度も会って一緒にいろんな場所へ遊びに行った。
前回会ったときに「お互いの家族について書こう」ということになり、さっそくメールを書いて送った。
まぁちょっと足りない部分はあるんだけど嘘じゃないからいいか。
それにしても、なんか堅い文章になっちゃたなぁ。

ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
俺はパソコンの電源を切ると玄関に向かった。
(お袋が帰ってくるのって8時だよなぁ)
居間の時計は5時を指していた。
俺が玄関に行くと、そこには姉貴が見知らぬ男を連れて立っていた。
「ただいま」
まずはじめに姉貴が俺に声をかける。
「こんにちは」
そして男が俺に向かって挨拶をする。
「こんにちは」
俺がつられて男に挨拶をする。
「こいつがさっき話してた弟よ」
姉貴が男に向かって俺を紹介する。
「先に上がって待ってて。部屋は2階の右側よ」
男が2階に上っていくと、姉貴が顔を俺の方に近づけてきた。
「これあげるからどっか行ってらっしゃい」
俺の手に5千円が握らされる。俺も子供じゃないので目的はわかっている。素直にうなづく。
「また別の男かよ。こりねぇな姉貴も。どうせまた振られるぜ」
俺が姉貴にそう言うと
「今度の彼は大丈夫よ。お互い分かり合ってるんだから。それより2時間は帰ってきちゃダメよ」
「ハイハイ」
俺は返事をすると、部屋に向かい外出の支度をして家を出て行った。

マックで食事したり、ゲーセンで暇をつぶし7時過ぎに家に帰ってきた。
「ただいま〜」
俺が玄関で靴を脱いでいると、姉貴が近づいてきた。表情が暗い。
「また逃げられたのか。ダメだな〜。男を見る目ないよ」
いつもなら売り言葉に買い言葉、となるはずが
「今度こそはと思ったんだけど・・・」
姉貴の顔がいつも以上に暗かった。
「次があるよ。次、次」
あまりの姉貴の落胆振りに思わずフォローする。
「そうね・・・」
姉貴はそれだけ言うと自分の部屋に行ってしまった。

姉貴は夕食にもほとんど手を付けず、俺はかなり心配していた。
それでも、ひどく落ち込んでいたはずの姉貴は翌日には元の明るい姉貴に戻っていた。
心配して損した。

その夜、タカから送られてきたメールの家族紹介はひどく平凡なものだった。両親と妹の4人暮らし。
いろんなことが書いてあったけど、一番興味を引かれたのは、妹が兄であるタカが絶賛するほどの美少女で、
渋谷でスカウトされたらしいことだ。今度妹も入れて3人で遊ぼうとメールを返信した。

しばらく経って、姉貴がまた男を家に連れてきた。毎回のことだが俺に外出を促す。ほんとに懲りない姉貴だ。
結果はいつもどおり玉砕。姉貴に春は来るのだろうか。彼女のいない俺が言うことじゃないが。

それから何日か過ぎたある日、居間でテレビを見ていた俺と姉貴に向かって母が言った。
「お風呂の調子が悪いみたいなの。悪いけど今日は銭湯に行って」
「直らないの?」
俺の問いかけに母は
「もう8時過ぎてるから、修理の人が来るの明日になるらしいの」
と返事をする。
「いいじゃないの。行きましょ」
姉貴が俺に向かって催促する。
「でもなぁ。姉貴となんて恥ずかしいよ」
「つべこべ言ってないで行くわよ」
あまりに強引な姉貴に負けて俺はしぶしぶOKした。
「ちょっと待ってて」
姉貴は俺に向かってそう言うと、洗面所に行き化粧を落として現れた。
「どお?化粧落としてもかわいいでしょ」
「ハイハイ、かわいい、かわいい」
「そう言い方する〜? あ、そうだ。着替えもしてこなきゃ」
自分の部屋に戻り、着替えて再び俺の前に現れた。GパンにTシャツ姿。
「似合う?」
「はいはい、似合う、似合う」
先ほどと同じように気のない返事をする。
「もういいわ。とっとと行くわよ」
姉貴は玄関に向かって歩き出した。
とりあえず俺は姉貴が化粧を落として着替えてきたことにホッとしていた。

銭湯に向かう途中、
「銭湯なんて久しぶりね〜。何年ぶりかしら」
姉貴が誰に言うでもなくつぶやいた。
姉貴の言葉に俺も考え込んでいた。
(姉貴と銭湯に来たのっていつ以来だろう)
結局思い出せぬまま銭湯の目印である大きな煙突が見えた。

銭湯に到着。すると姉貴が俺に向かって
「いい?姉貴って呼んじゃダメよ」
と小声で話し掛けてきた。
「わかってるよ」
俺が返事をすると、姉貴は銭湯の暖簾をくぐった。
お金を支払い、脱衣所のドアを開ける。騒がしかった脱衣所が一瞬静まる。当然だろう。なにせ俺の前には姉貴がいるんだから。
先に来ていたおじさんの客の中には急いで股間を隠すものもいる。
姉貴は周りのそんな状況もお構い無しに来ている服を脱ぎだした。
TシャツとGパンを脱いだところで脱衣所がいつもの騒がしい風景に戻った。俺は服を脱ぎ裸になると姉貴に声をかけた。
「兄貴。先に行ってるよ」
「おう。俺もすぐ行く」
いつもと違う男らしい姉貴の声に思わず笑みがこぼれる。
「笑うんじゃねぇ」
そう言う姉貴の声に俺は噴き出してしまった。
とりあえず、2人は体を洗い湯舟に浸かった。
「兄貴、今のほうがいいよ」
「俺はこっちのほうが気持ち悪いの。今だって俺口調なんてイヤなんだぜ。銭湯みたいな特殊な場所は仕方ないけどな」
「俺は今の兄貴、かっこいいと思うけどな」
「この話は終わり!いいな」
「わかったよ・・・」
俺と姉貴はしばらくのんびりしてから銭湯を出て家に向かった。

姉貴の口調がまた女言葉に戻った。
「ああやっと本当の自分に戻った感じがする」
「兄貴。兄貴がこうなったのってやっぱり姉さんのたちのせいなの?」
俺の言葉は直ってなかった。
「姉貴って呼ぶように言ってるでしょ。さっきは仕方ないけど、もう銭湯を出たんだから姉貴って呼びなさい」
「姉貴がそうなったのって姉さんたちのせいなの?」
「確かに、姉さんたち2人に小さいころおもちゃにされたのが原因の1つかもね。女の子の洋服着せられたり、
ままごとしたりしてたから。でも、私の中にもともとそういう素質はあったと思うわ」
「俺が小さかったころはよく木に登ったり男らしい遊びしてたよね?」
「あのころ下の姉さんも中学入学で私の相手をしなくなったからね。
姉さんたちへの反発もあって男らしい遊びばっかりしてたわ」
「そうだったんだ。全然知らなかったよ」
「でも、私が中学に入学して男用の制服を着ることになって気づいたの。なんか違うって。
私が着たいのはスカートにセーラー服だって。それからはお母さんに隠れて化粧したりいろいろしたわ。
それでも高校までは頑張って男の振りしてたんだけどもう限界。で、高校卒業を機にカミングアウトしたわけ」
「結構悩んでたんだ。知らなかったよ。そういえば、今新宿でバイトしてるって言ってたけどやっぱり二丁目?」
「そうよ。私たちみたいなのが働ける場所は少ないしね。でも職場の人たちはいい人ばかりよ。
お客さんも理解のある人が多いし」
「そっか〜」
「せっかく育てた息子がこんなになっちゃって、お母さんには悪いと思ってるけど、こればっかりは譲れないわ。
私の生き方の問題だし」
「・・・わかった。俺も応援するよ」
「ありがとう」

ここまで話して俺たちは家についた。
姉貴と話してみて、少しは姉貴のことを理解できた気がする。

―完―


あとがき
お題が「僕のお姉ちゃん」なのに(苦笑)
文章が長ければ長いほど、自分の今の実力を自覚してしまいます。
他の方の文に比べれば短いんでしょうが。
頑張ってるんですけどねぇ・・・。