親友
作・富士


高校3年の春、大学受験か就職かで悩んでいた私は、決断しなければならないという現実から逃げ出したくて
思わず携帯電話の出会い系サイトの掲示板に書き込みをしていた。
そうはいっても援助交際なんて怖くて出来ないから、同じ女子高生の話し相手を探しただけなんだけど・・・
 現実の友達には話しにくい悩みもメル友なら簡単に話せそうな気がしたから。

「都内に住む高校生の女の子です。いろんな話をしたり一緒に遊んでくれる高校生の女の子を探してます。
気軽にメールくださいね」(ユミ)

初めての経験だったから、誰からも返事が無かったらどうしようと思ってたけど、たくさんの返事が来た。
でも、女の子を募集したのにほとんどが男の人からの返事、女の子からの返事は1通だけだった。

「ユミさん、はじめまして。私も都内に住む高校生の女の子です。よかったら私と友達になってください。
お返事お待ちしてます」(カオル)

私はすぐにカオルと名乗るメールの送信者に返事を出した。私がメールを出すと
それほど時間を空けずにカオルからの返事が来た。
そうして私とカオルのメール交換が始まった。

メールを交換するようになって1ヶ月が経ち、カオルについていろいろなことが分かった。
カオルは私と同じ高校3年生の17歳。都内の某有名女子高に通ってるらしい。さすがに高校名までは教えてもらえなかった。
私が大学受験と就職で悩んでいたように彼女も将来について悩んでいて、
私と同じように掲示板に書き込みするつもりだったらしい。
そこで私の書き込みを見つけてすぐにメールを送ったと言っていた。

お互いに他人には言えない悩みを相談するうちに、私とカオルは親友といえるほど仲良くなった。
いつのまにか、悩み事だけでなく普段の生活のことまでカオルに話すようになっていた。
「昨日のあの番組は面白かった」とか「街でかっこいい男の子を見つけた」とか。
私が送ったメールに対するカオルの返事はいつも早かった。休み時間に送ったメールの返事が
授業中に来たときはかなりビックリした。
私も、授業の隙をみてカオルにさらに返事を送る。私はカオルとのメール交換を楽しんでいた。

そしてはじめてメールを交換してから2ヶ月ほど経ったある日、カオルからのメールに私は驚いた。

「私とユミがメールを初めて交換してから2ヶ月くらい経つネ♪ 今度直接会えないかな〜?
 会っていろんなこと話してみたいな(^◇^)」(カオル)

驚いたけど、私もカオルについて興味があったのですぐにOKの返事を書いた。
「OKだよ〜♪ 今度の日曜なら私空いてるからその日でいいかな? 場所はどこにしようか?」(ユミ)

私はカオルと何回かメールのやりとりをして場所と時間を決めて、日曜日が来るのを待った。
いつもメールを交換してたとはいっても直接会うのは初めて。期待と不安が入り混じっていた。

そして、いよいよ私とカオルが初めて会う日曜日がやってきた。
場所は都内を出て神奈川県の遊園地。私はカラオケとかのほうが良かったんだけど、
カオルのたっての願いで遊園地になった。

天気は快晴。梅雨の真っ最中とは思えないほどのいい天気。
私は遊園地の入り口に、約束の時間の15分ほど早く着いてカオルが来るのを待った。
たくさんの人が通り過ぎたけどカオルらしい人は現れなかった。

約束の時間から10分ほど経って、遠くから一人で歩いてくる女の子がいた。
髪の毛を三つ編みにして白いスカートをはいている。
遠くで見たときは一瞬、(カオルかな?)と思ったけど、近づいてくるその女の子はメールで想像していたカオルと違いすぎる。
私は三つ編みの女の子を無視して、周りにいる他の女の子の中からカオルを探し出そうとしていた。
しかし、三つ編みの女の子は私の目の前まで来ると私に話し掛けてきた。
「あの〜、もしかしてユミさんですか?」
私は少しの間返事が出来なかった。
(この娘がカオルなの?)
メールから感じていた今風な女子高生のカケラもない、素朴としか言いようのない、悪く言うと
地味な女の子がそこには立っていた。

「もしかしてカオル?」
私はそれだけ口にするのが精一杯だった。
「やっぱりユミさんですか〜。遠くから見てそうじゃないかと思ったんですよ」
カオルは満面の笑みを浮かべて言った。さらに言葉を続ける。
「改めて初めまして。カオルです。鈴木カオルっていいます。カオルは漢字で薫って書きます。
ごめんなさい、遅れてしまって」
カオルの自己紹介の後、私も同じように自己紹介する。
「はじめまして。私は木内裕美。私のユミは裕美って書いて実は本名はヒロミっていうの。
ユミはハンドルネームだけど知り合ったのはネットでだし、
今までどおりユミって呼んで。あと同い年なんだからタメ口でいいよ」
「あ、これは口癖みたいなものなんで気にしないでください。友達と話す時もいつもこういう口調なんですよ」
「でも、メールじゃタメ口だったじゃない。あんな感じでいいよ」
「メールはゆっくり考えながらできますからなんとかやれるんですけど、直接しゃべるのは無理です。
このままでもいいですか?」
「そう、ならそれでもいいけど」
そして、私がタメ口、カオルが丁寧語という奇妙な会話をスタートさせつつ、遊園地の中に入っていった。

入り口を抜けて最初に口を開いたのはカオルだった。
「今日はいいお天気になってよかったですね」
「そうだね。一昨日くらいまでどしゃ降りだったからね」

少し間があく。
「ユミさんってメールの印象通りだったのですぐに分かりました」
「そう? まぁいつも友達としゃべる感じで書いてたからね。私のほうはちょっと驚いたかな、こんなお嬢様が来たから」
「そんな〜、お嬢様なんかじゃないですよ」
そういって笑ったカオルの笑顔はお嬢様のそれそのものだった。
「そういえば、受験か就職か決まったんですか?」
「う〜ん、正直まだ迷ってるんだよね」
「メールでも書きましたけど、私は受験したほうがいいと思います」
「そうね。そろそろ決めないとまずいんだよね。受験したほうがいいのかな」
「そのほうがいいですよ。大学卒業すればその後の選択肢が広がりますし」

いろいろ話しているうちに、最初のころの緊張もほぐれて2人は打ち解けていった。
もともとたくさんメール交換していたので、一度打ち解けると後は楽だった。
と、私は目の前に大きなジェットコースターを見つけた。
「あれ乗ろうか」
「ジェットコースターですか? 私はいいです。ああいうの苦手なんで」
「そうなの?残念」
「ごめんなさい・・・一人で乗ってきてもいいですよ」
「あ、いいの。2人で乗れなきゃ意味ないし。別に気にしないで」

カオルは絶叫系の乗り物は無理そうなので、それから怖くない乗り物に2つ乗ってお昼になった。
「何を食べようか?いろいろお店あるけど」
「実は今日お昼作ってきたんで、これを食べましょう」
そう言って、カオルは持ってきたバッグの中からかわいいお弁当箱に入れてあるサンドイッチを私に見せた。
「自分で作ったんだ〜。じゃあそれを食べましょう」

私たちは芝生のある場所まで移動して、カオルが用意したレジャーシートを広げ向かい合わせで座った。
「朝これ作ってて遅刻しちゃったんです」
「そうだったんだ。わざわざ作ってきてくれてありがとう。じゃあさっそく食べようか?」
「はい。いっぱい作ってきたんでたくさん食べてくださいね」
「いただきます」
「いただきます」
私はサンドイッチを一つもらって口に運んだ。
「おいしい。料理うまいんだね」
「ありがとうございます。喜んでもらえてよかったです」
そして、カオルは用意した水筒から麦茶をコップに注いで私に手渡した。
「どうぞ」
「ありがとう。気が利くね」
「そんなことないですよ」
2人は楽しく昼食を済ませた。

「これからどうしようか?」
「私、お魚を見たりイルカのショーが見たいんですけど・・・」
「じゃあそうしよう。建物があるのは・・・・あっちね」
2人は水族館のあるほうへ向かった。

午後は遊ぶことよりも見ることが中心になった。そして夕方。
「今日は楽しかったです。ありがとうござました」
「私も楽しかった、遊園地とか久しぶりだったしね。私のほうこそありがとう」
「勉強頑張ってくださいね。私も頑張りますから」
「え? カオルも受験するの?聞いたことなかったけど」
「え、あ、いや・・・ま、またメール書きますね。これからもよろしくお願いします」
「なんかはぐらかされちゃったけど、まぁいいわ。そうね。これからもずっと友達よ」
するとカオルが小指だけを立てたグーを私の前に差し出した。
私はすぐに理解して、同じようにグーを出し小指をカオルのに絡ませた。
「指切り拳万、嘘ついたら針千本飲ま〜す、指切った」
普段の私なら恥ずかしくて絶対にやらないんだけど、なぜかカオルの態度を見てやらずにはいられなかった。
「私の携帯カメラ付きなんで、最後に一緒に写真撮ってもいいですか?」
「うん、もちろん」
「ありがとうございます」
そしてカオルと私は携帯のカメラで写真を撮った。

電車に乗り、途中の駅まで2人で会話しながら別れた。
それから1ヶ月、相変わらず2人のメール交換が続いた。
しかし、それから少しの間カオルからのメールが来なくなった。
それでも1週間程度だったし、私のほうも受験勉強が忙しかったので特に気にはしなかった。

さらに2ヵ月後、またカオルからのメールが来なくなった。
そして、私がカオルとのメール交換を忘れかけていたころ再びメールが送られてきた。
でも以前とメールから受けるカオルの感じは変わっていた。
ただ、受験勉強も本格的になったこの時期にあまり気にすることはできなかった。
回数も以前に比べると減っていた。

12月に入り、いつもと違うメールを受け取った。
「ユミさんと直接お会いしてお話がしたいです。今度の日曜日の朝10時、○×駅の改札口でお待ちしてます」(カオル)

私は日曜日、指定された○×駅に行った。しかし、そこにカオルの姿は見当たらない。
しばらく周りを探していた私に声をかけてくる人がいた。
「あ、あの〜」
私はその人の方に体を向けた。そこには私の父親と同じ歳くらいのおじさんと同じく母親と同じ歳くらいのおばさんが立っていた。
「はい?なんでしょうか?」
「もしかして・・・ユミさんですか?」
「はい、そうですけど・・・」
私の名前、しかもハンドルネームを知っていた2人を怪しみながらも返事をした。
2人は少しホッとした様子を見せながら、
「はじめまして。私たち、カオルの両親です。ちょっとお時間いいですか?
近くの喫茶店にでも行ってお話したいのですが」
「別にいいですけど・・・カオルさんは今日は?」
「そのことについても後で話しますので。とりあえず喫茶店に行きましょうか」


私たち3人は駅近くの喫茶店に入った。
席について飲み物を頼んで運ばれてくるのを待つ間、最初に口を開いたのはカオルの父だった。
「いきなり呼び出してすいませんね」
カオルの父の言葉に私は驚いた。
「え? あのメール出したのカオルさんじゃないんですか?」
「そうです。実はここ数ヶ月のメールのやりとりは全部私が書いていたものなんです。騙したみたいで申し訳ない」
「えっ!」
私は思わず店中がこちらに振り返るほどの大きな声を出してしまった。
「大きな声を出してすいません、ビックリしたもので」
「驚かしてしまって本当に申し訳ない。とりあえず順番に話しますので聞いてください」
「わかりました」
私の返事にカオルの父親はゆっくりとこれまでの経緯を話し出した。
「私どもの娘の薫は小さいころから心臓を患ってまして、学校と病院を行ったり来たりしていました。
病室のベッドで一人寂しく過ごす薫があまりにも不憫で、今年の春メール機能付きの携帯電話を買ってあげたんです、
学校の友達と病院にいるときでも話ができるようにと思いまして。でも、もともと友達付き合いが上手い娘ではなかったので、
メールのやりとりは少なかったみたいです。それで出会い系サイトっていうんですか、それにメールを出そうとして、
そこでユミさんと知り合ったんです」
「そうだったんですか。でも、病院内って携帯電話禁止ですよね」
「病院内は禁止ですけど、建物の外は平気ですから。以前は1日中病室に閉じこもってることが多かったんですけど、
ユミさんとメール交換するようになってからは病院の中庭に出る回数が多くなって、私たちは喜びました。
ユミさんが初めての親友だったんでしょうね。よく私たちにユミさんのことを話してくれました。
おかげで病気でふさぎがちだったのがずいぶん明るくなりました。それからしばらくして、
ユミさんと会いたいから外出したいとまで言ってくれて」
「あの時の遊園地・・・」
「そうです。あの日病院に戻った時の薫の顔は今でも忘れられません。
満面の笑みでユミさんと撮った写真まで見せてくれました」

横で黙って聞いていた薫の母親もうんうんとうなずいている。
「実はその時、薫に手術の話があったんですが、薫はずっと嫌がっていて・・・
それがあの日病院に帰ってきて最初の一言が「ユミさんが受験頑張るから私も手術頑張って受ける」だったんです」
「手術ですか・・・全然知らなかった・・・」
「それから1ヵ月後、薫は手術を受けました。難しい手術でしたが、どうにか成功して。術後の検査やらいろいろあって、
しばらくユミさんとメール交換ができなかったことを悔しがっていました」
「そういえば、一週間くらいメールが来なかった時がありました」
「ユミさんが受験勉強を頑張ってるからって、リハビリも一生懸命やって。順調にいってたんです、それが突然・・・」
カオルの父親はそこまでいうと急に黙ってしまった。隣で聞いていたカオルの母親は涙を流している。話は見えないが、
なにかあることは察することができた。
沈黙に耐えられなくなって私はカオルの父親に話しかけた。
「突然、どうしたんですか?」
カオルの父親は意を決したように続きを語りだした。
「突然、様態が急転して・・・死んで・・・死んでしまったんです・・・ 前の日なんて元気に外出までしていたのに・・・ 
私たちの一人娘だったんです・・・ なのに・・・なのに・・・」
「死・・・ん・・・だ・・・」
衝撃の告白に私は言葉が出なくなってしまった。
「妻と私は葬式の後、しばらく何もできませんでした。今思えば葬式にユミさんにも来てもらえばよかったんでしょうけど、
その時の私たちはそこまで考えが及びませんでした」
「お気持ちをお察します」
私はなんとか言葉を返す。
「やっと気持ちが落ち着いてきたころ、薫がやっていたメールのことを思い出したんです。
最初、ユミさんに薫のことを伝えようと思ったんです。
でも、ユミさんとのメール交換を続けることで薫がずっと生きているような気がして
・・・
とはいえ、ユミさんを騙すようなことしてしまって・・・本当に申し訳ない!」
カオルの父親は深々と頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください。驚きましたけど、怒ってませんから」
私に言われてもカオルの父親は頭を上げようとはしなかった
「本当に怒ってませんから、頭を上げてください。私もカオルさんのおかげで今受験勉強頑張ってられるんです」
私がそこまで言って、ようやくカオルの父親はゆっくりと頭を上げた。
「本当に申し訳ない。今日はそれを謝りたかったのと、実はユミさんにお渡ししたいものがあって。お前」
カオルの父親がカオルの母親を促す。

促されたカオルの母親は持ってきたハンドバッグから小さな紙に包まれたものを出して私の前に差し出した。
表には“ユミさんへ”と書かれていた。
「これは?」
「とりあえず開けてみてください」
かおるの父親の言葉に私は包みを開けてみた。
「お守り・・・」
「そうです。実は薫の机を整理していたら引き出しに入っていました。
それをお渡ししたくて今日わざわざ来ていただいたんです」
「そうだったんですか・・・」
合格祈願のお守りを見て、私の頬には一筋の涙が流れていた。
「たぶん、亡くなる直前に買ってきたんでしょう。ユミさんにお渡しするつもりで」
「ありがとうございます・・・私受験頑張ります!」
「頑張ってください・・・それが薫の一番の願いでしたから・・・」
「はい!」
そして私はカオルの両親と別れて家路に着いた。

それから私はカオルの形見ともいえるお守りを片時も放さず持ち歩いた。
受験勉強も今まで以上に頑張り、そして本命の受験日当日の朝を迎えた・・・

「財布持った。受験票よし。お守りよし!」
すべての確認を済ませ、家を出た。

受験会場に向かう電車の中で、お守りを見ながら考えた。
(このお守りのおかげで今までつらい受験勉強にも耐えることができた。
もしこれが無かったらこんなに頑張れなかったかもしれない。カオル、ありがとう)
(受験が終わったらカオルの家とお墓参りに行こう。そしてお礼を言おう。
結果はどうなるか分からない・・・でも、ここまで頑張ってこれたのはこのお守りのおかげなんだから)

車内のアナウンスが目的の駅に着くことを告げた。
私はお守りをカバンにしまって、電車が駅に止まるのを待った。
電車が駅に停車し、ドアが開く。

私は人目もはばからず、両手で頬を2度叩いて気合を入れた。
(よし!)
私は座席を立つと、受験会場を目指し改札に向かって歩き出した。
 
−完−


あとがき
とりあえず「女の子だと思っていたメル友が実はおじさんだった」というオチで話を書いてたら、こういう感じになりました。
(私の力不足でミスリードがかなり弱いですが) 全体の話としてはいかがだったでしょうか?

私は医療関係者ではないので適当に書いてしまいましたが、「心臓を患っている人に携帯電話を持たす」
ってまずかったんでしょうか?

 ペースメーカーを身に付けてるわけじゃないんで大丈夫だろうと思って書きました。
詳しい方いらしたら教えてください。

本文中で触れませんでしたが、カオルがジェットコースターを断ったのは「怖いから」ではなく、
「心臓が弱いから」です。
一応ミスリードの一つでしたが、最後で触れるの忘れてました(汗)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。