美人姉妹が引っ越してきた 作・富士 |
・・・カツン・・・カツン・・・カツン・・・ 現在深夜2時。 またあの足音が聞こえる・・・ ・・・カツン・・・カツン・・・カツ。 いつもと同じく隣の部屋の前で足音が止んだ。 アパートの2階、俺が暮らす部屋の隣。毎晩深夜2時に聞こえる、不気味な足音。 2階への階段を1段、また1段とゆっくり昇り、そして廊下をしばらく歩いた後、隣の部屋の前で足音が止む。 1週間前から毎夜行われる恒例の行事。 そして俺は隣の部屋の物音に神経をとがらせる。 ・・・・・・(シ〜ン) やはり何も聞こえない、いつもと同じ結果。 深夜の足音が始まったちょうど1週間前、その部屋に若い姉妹が引っ越してきた・・・らしい。 大家からその話を聞かされたが、この1週間の間、俺は一度もこの姉妹の姿を見ることは無かった。 引越しの挨拶には来ない、部屋は一日中カーテンで閉ざされて外から中をうかがうことは出来ない。壁に耳を当て、隣の部屋の生活音を探ろうとしてみても何にも聞こえてこない。 そしてあの夜中の足音。俺は恐怖に頭が狂いそうになってしまった。 大家に話を聞こうとしても、「私も契約の時に一度会ったきりだから・・・」と詳しいことは分からなかった。何か知っていそうな雰囲気はあるのだが、何度聞いても同じ返事しか返ってこないので、大家から話を聞くのは諦めるしかなかった。 それからも毎日毎晩足音は続いた。そのうち、足音は複数あるのが分かった。 それがまた俺の恐怖心を煽り思考の混乱を招く。 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉がある。「怖い、怖い」と思っていると、枯れ尾花のような大したものでなくても怖く思えてしまうという意味だ。 たぶん俺が今感じている恐怖心もそうなのかもしれない。 しかし頭では分かっていても、身体の震えが潜在的に感じる恐怖を物語っている。 「確かめればええやん」 そう思う人もいるかもしれない。しかし、それは実際に体験してないから言えることだ。この恐怖は体験した者にしか分からない。 そして俺の頭の中では、いろいろな、普通に考えれば絶対にありえない、そんな想像が駆け巡る。 「もしかして、隣の部屋には死体が隠してあり、それが見つかってないか毎晩確認に来ているのかもしれない・・・」 「あの足音は、過去事故か何かで亡くなった隣人が、幽霊となって家に帰って来ているのかもしれない・・・」 自分でもバカらしい想像だと思う。でも、ありえないと思いつつどうしてもそんな想像が頭に浮かんでしまう。 「もしかして、単なる幻聴なのか・・・」 一番ラクな答えだが、毎日聞こえるのだからそんなわけあるはずがない。 それから1週間、2週間、足音がしない日は無かった。 夜ほとんど眠れなくなり、ノイローゼになりかけた俺は、ある決断を下す。 (とにかく、一度確認しよう・・・) 確認するのは本当に怖い。しかし、そんなことを言ってられないくらいに俺の健康状態はギリギリのところまで来ていた。自分を何とか奮い立たせて、足音の正体と対峙することを心に誓った。 その晩、夜中1時50分。 表へ出るのに怪しまれないよう、自動販売機にジュースを買いに行くフリをすることにした。 とは言っても、パジャマを着て財布を持つだけ。 いざという時のために金属バットも持って行こうかと思ったが、さすがにそれは止めた。 1時55分、あと5分・・・ 未知なる恐怖に俺の心臓がドクドクと脈打っている。 (やはり止めようかな?) 弱気の虫が疼きだす。 (もしかして、今日は来ないかも・・・) 何とか言い訳を考えて止めようとしてしまう。 そんなことを考えている間に、とうとう2時になってしまった。 緊張がピークに達する。 ・・・カツン・・・カツン・・・カツン・・・ (来た!) いつもと同じ、階段を1段1段昇る足音。まったく変わらない。 思わず息を呑む。 カツン・・・カツン・・・カツン・・・ 足音が少しずつ大きくなり、階段の半分を過ぎたのが分かる。 (そろそろ行こう) 部屋を出るため、玄関に向かって歩き出そうとするが最初の一歩が踏み出せない。 我ながら情けないが、蛇に睨まれた蛙のごとくピクリとも動くことができない。 それでも、太ももの辺りを数回拳で叩くとやっと動き出すことが出来た。 ちょうど足音が2階へ到着した時、俺は玄関の扉を開け表に飛び出した。 そしてそのままの勢いで階段の方に顔を向ける。 そこに居たのはスーツを着た若い女性。暗くて分かりにくいが、身体のシルエットから女性であることは推測できる。大家から女性が越してきたことを聞いていたからということもあるだろう。 俺は平静を装いつつ、階段の、そして女性の方に近づいていった。 ・・・カツン・・・カツン・・・カツン・・・ ペタ・・・ペタ・・・ペタ・・・ペタ・・・ 静寂の中に、俺のサンダルの音と彼女の、俺にとっては聞き慣れた足音だけが響く。 元々二人の距離は大したものではなかったが、1歩1歩近づくのがとても長く感じた。 そしてお互いに相手の顔を確認できる距離まで近づいた時、俺は彼女の顔を見て思わずにやりとしてしまいそうになる。 (・・・きれいだなぁ) 俗にいう【一目惚れ】だ。思った次の瞬間には声をかけていた。 「こ・・・こんばんハ」 語尾が裏返ってしまった。恥ずかしい。 「こんばんは」 俺の緊張とは裏腹に、彼女の挨拶はとても落ち着いたものだった。 「初めましてですね。こんな夜中にご帰宅なんてお仕事だったんですか?」 「えぇ、まぁ・・・」 会話が終わってしまった。 俺は少しでも彼女と長く話したいがために次の話題を探す。 「え〜と、あの・・・」 なかなか良い話題が思いつかない。そうこうしているうちに、 「すいません、家に入りたいので・・・」 彼女が言った。 「あ・・・そうですよね。すいません、引き止めてしまって」 「いえ」 そう言うと彼女は、俺の部屋の隣である自分の部屋の玄関に向かって歩き出してしまった。 呆然と見送る俺。 「あ、そうか。ジュースを買いに行くフリをしてたんだったな」 俺は階段を静かに降りて、近くの自動販売機に向かって歩き出した。 翌日。 とりあえず、自分が想像してたような怖い展開ではなかったことにホッとした。 とはいえ、幽霊でなかっただけでまだ死体確認に来ている可能性は残されているが・・・ でもあんな美人に限ってそんなことはない! 根拠の無い自信だけはあった。 そして、ホンの1〜2分ではあったが、しっかりと脳裏に焼け付けた彼女の顔を思い出しては何度となくニヤリとする。 「・・・きれいだったなぁ」 腰まであるロングのストレートの黒髪。目はパッチリとしていて魅惑的な唇などなど、顔のパーツ全てが自分の理想のタイプのように思えた。 「だいたい25〜26歳くらいかな? 俺が今20歳だから5〜6歳年上か、まぁアリだな。彼女は仕事してて俺が大学生だから、結婚は俺が働くようになってから・・・」 俺は妄想の世界へ飛び立っていった。結局30分くらい妄想した後だろうか、なんとか現実に戻ってきた。 (また、会いたいな〜) そう思うといてもたってもいられず、一昨日まで感じていた恐怖心はどこへやら、夜中の2時が楽しみになっていた。 夜中2時。 ・・・カツン・・・カツン・・・カツン・・・ あの足音が聞こえてきた。少し昨日とは違うように感じたが気にせず、財布を握りしめると玄関の扉を開けて表に出てみた。 (やっぱり♪) そこにいたのは彼女だった。昨日のスーツとは違い、今日は女性らしく着飾っている。 「こんばんは、また会いましたね」 「はぁ?」 俺の言葉に首を傾げる彼女。 「いや、あの・・・昨日も会いましたでしょう?」 俺には訳が分からない。昨日の彼女と比べると今日は不機嫌なのか、態度が荒っぽい。 「たとえそうだとして、だから何?」 「『だから何?』と言われると困ってしまうんですけど・・・」 俺は答えに詰まってしまった。 「用が無いなら私は行くから。もう話し掛けないでよね」 ぴしゃりと言い終えた彼女は、俺の横を通り過ぎさっさと自分の部屋に戻ってしまった。 ショックを受け一人取り残された俺は、トボトボと自動販売機に向かうしかなかった。 彼女にフラれた俺は、彼女に深夜会うことを諦めるしかなかった。 それどころか、夜は早く寝るようになった。 「まぁ謎も解けたしこれで良かったんだよな・・・」 自分でも情けないと思うのだが、話し掛けるなと言われてしまった俺にはどうすることも出来なかった。 それから数日後。 大学からアパートに帰る途中で、けたたましいパトカーのサイレンの音をいくつも聞いた。 「珍しいな」 俺がこの町に住み始めてから1年余り。こんな大騒ぎは初めてだった。 「でも、興味ないしどうでもいいや」 野次馬根性を出す気にもなれず、騒ぎを無視して自宅に向かって歩いていた。 ところが、自分が意識せずに騒ぎに向かって歩いていることに気付いた。というよりアパートの近くで騒ぎがあったらしい。こうなるとさすがの俺も気になってしまう。 俺は人だかりを見つけると、人波を掻き分けてその中心に向かった。 野次馬が一番近寄れるところまで来ると、目の前では刑事モノのドラマで見るような、警察官2人に両側を固められた犯人らしき若い男が歩いてパトカーに乗り込むシーンがあった。 「ふぇ〜、本物だよ〜」 実際の逮捕現場を見て、俺は驚きとも感心とも取れるような言葉を発していた。 と、そこへ 「あ〜、お隣さ〜ん」 聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声の方に目を移す。 「やっぱりそうだ♪」 彼女は嬉しそうに俺に話しかけてきた。間違いない、俺の隣の部屋のあの彼女だ。 でも、彼女が立っている位置がおかしい。 一般人では立ち入れないはずの、仕切りのテープの内側にいる。 (え?あれ?・・・) 俺の頭の中は混乱した。 「ごめんなさいね。びっくりしたでしょう?」 「・・・・・・」 『びっくりしたでしょう?』と言われても、何を驚いていいのか分からない。 そんな俺の考えを察したのか、彼女が丁寧に説明してくれた。 「実はね、私は刑事なの、女刑事♪ この家に、ある事件の犯人が潜んでいるかもしれないと分かって、あの部屋で張り込んでたの。あっもちろん、他の人と交代でだけどね」 「はぁ・・・」 どう返事を返していいのか分からない。 「まぁ、その張り込みの甲斐あって今日無事逮捕という訳なのよ」 「そうだったんですか」 返事をしてある疑問が頭をよぎった。 「そういえば、生活音・・・というか物音が全然しませんでしたけど?」 「あ〜それはね、お隣さんに張り込みしてることがバレないようにするためなのよ。とくに決められた規則ではないんだけどね、私たちの鉄則。普通に捜査状況とか会話してたら、あなたみたいなお隣さんが聞き耳立てて聞いちゃうでしょう?」 「うっ・・・」 図星だった。たぶん張り込みだと分かったら、近所とはいわないまでも、大学の友人には話してしまうかもしれない。 「余計な混乱を避けるためにも、大家さんに口止めしたり音は極力立てないようにしたり、結構大変なのよ」 「そ・・・」 (そのお陰でこっちは余計混乱したっつーの!) 言いたかったが止めておいた。 それにしても、2回目というか前回最後に会った時に比べて口調が優しい・・・というより馴れ馴れしい感じがする。とりあえず、2回目に会った時より初めて会った時の方に近い。 そのことを聞こうとした時だった。 「真奈美! なに野次馬となんか話してんのよ。行くわよっ」 俺は声の主に顔を向けた。そこにはまた彼女が立っている・・・いや、違う。 顔は一緒だが服装が先ほどの彼女のものとは違っている。 「ごめ〜ん、加奈子。知ってる人がいたからさ〜」 「知ってる人?」 「ほらっ、こちらの人、私たちが張り込みに使ってたアパートの隣の部屋の人」 「え・・・あぁ、こいつか。夜中に一度会ったわ」 「名前はえ〜と・・・何だっけ?」 真奈美と呼ばれた彼女が俺に聞いてきた。 「間島慎吾です」 「あぁそうそう、間島さん・・・って、私も今初めて聞いたんだけど」 天然なのかネタなのか分からないが、真奈美さんの言葉に思わず苦笑してしまった。 さらに話そうとする真奈美さんより先に、俺はさっきから疑問に思ってることを真奈美さんたちに聞こうとした。 「もしかして・・・」 「そう、私たち二人は双子なの。双子の美人刑事さんというわけ。ちなみに私が妹の真奈美。こっちが姉の加奈子」 (『美人刑事さん』なんて普通自分で言うか?) でも、これであの不可解な態度が納得できた。 「そんなことどうでもいいから。早く行かないとまた課長にどやされるわよ」 姉の加奈子が真奈美さんを催促する。 「あ、ちょっと先行ってて。私もすぐに行くから」 それを聞いた加奈子はさっさと他の刑事たちが待つパトカーに向かっていった。 また、俺と真奈美さんの2人に戻った。周りの野次馬たちもほとんどいなくなっていた。 加奈子がいなくなったのを確認した真奈美さんは、俺の手のひらに一枚の紙切れを握らせてこう言った。 「そこに携帯の番号とメールアドレス書いてあるから、暇な時に連絡ちょうだい」 「・・・え?」 俺が手のひらの紙を開いてみると、たしかに彼女の名前と携帯番号、メールアドレスが書いてあった。 「こんなこと初めてなんだけど・・・その・・・最初に会った時に、何て言うのかな? ビビビって来たっていうか・・・まぁ俗に言う【一目惚れ】ってやつ? あはははは」 照れ笑いを浮かべたまま、彼女は俺に背を向けてパトカーに向かって歩き始め・・・そして再び俺の方に振り返ると 「今度お茶でもしようよ」 そう言って今度は走り出して行ってしまった。 そんな彼女を見送りながら俺は思った。 (彼女の方も【一目惚れ】だったんだ) 思わず顔がほころんでしまう。 パトカーが去り現場が一段落すると、俺はアパートに向かって急いだ。 (帰ったらさっそくメールしてみよう) そう考えながら走ると、今までにないスピードで走れているような気がする。 −完− |
あとがき |
久し振りに読み物書いたので倍疲れましたw 隠しテーマ・・・って隠れてませんがw 読み物バトル第一回(美人姉妹が引っ越してきた)を元に考えたストーリーです。 第一回の時は参加してなかったので、今ごろですが書きました♪ これからの作品を良くする為のご意見なら、悪い点についてのご指摘でも大歓迎です♪ アドバイスよろしくお願いします。 |