夕焼け空
作・きたやん


晩メシの時、スーパーで買ってきたトンカツにソースをかけていると、
 親父がこっちは自分のトンカツに醤油をかけながら「なぁ、明、ちょっと話があるんだが」と話しかけてきた。
 「ん、なんだよ?」
 テレビの野球中継から眼をはなさないまま返事すると、「父さんな、再婚しようかと思ってるんだけど」
 「はぁ?再婚?親父が?」「そうだ」真剣な顔でうなずく親父。

 「カーッカッカッカッ、あのな、親父、結婚てのはいくら自分がしたくても相手がいなけりゃできねーんだよ。
 どこの世界に、金持ちでもない、40過ぎのおっさんと結婚しようなんて物好きがいるんだよ」
 「なんだ、そのアシュラマンみたいな笑い方は。もちろん相手がいるからいっとるんだ!」
 「本当かよ、う〜ん親父の知り合いの女で親父の結婚相手になりそうな人といえば・・・
 あ、ひょっとして駅前のタバコ屋の婆ちゃんか?うんうん、結構お似合いだぜ。大賛成だ」
 「あのバーサン80過ぎてんじゃねーか!そんなわけないだろう!」「じゃあ誰なんだよいったい?」
 「千鶴さんだ」「千鶴さん?千鶴さんってまさかあの千鶴さんか?」
 「そうだ、その千鶴さんだ、昨日プロポーズしたらOKしてくれた」俺は驚きのあまり、言葉が出なくなった。

 千鶴さんは死んだお袋の子供の頃からの友人で俺もガキの頃から良く知っている。
 美幸ちゃんという娘さんがいて俺と一緒に遊んだ事も何度もある。
 5年前、俺のお袋は病気で亡くなり、ちょうど同じ頃に千鶴さんも旦那さんを病気で亡くした。
 それ以来、親父と千鶴さんはお互いの子育ての相談にのるかたちで、時々会っては話をしていたらしい。
 どうやら5年間の間に愛が育ってしまったようだ。

 「で、お前の方はどうだ、結婚に賛成してくれるか?」親父が聞いてきたので、
 「ん、ああ、別に反対する理由はないけど・・」おれがそう答えると親父は
 「そうか!そうか!じゃあ決まりだな。いやーよかったよかった」と言い。すぐに電話をかけ始めた。
 千鶴さんに結果報告をしている親父を眺めながら俺は、あんなに嬉しそうだし、まあいいかと考えていた。

 翌日、俺はレンタルビデオを返しに行った帰りに、行きつけの喫茶店エンゼルによることにした。
 入り口の木のドアを押して中に入ると、カランカランという鐘の音に気付いた
 この店のオーナーの香織さんがカウンターの中から「あら、いらっしゃい明君」と声をかけてきた。
 店内見回してみたが他に客の姿は無い。
 「ヒマみたいだね」「そーなのよー困っちゃうわ。このままお店つぶれたらどうしよう。
 女一人の身で他に行くとこも無いのに」香織さんはそういって肩を落とす。

 香織さんは今年で25歳、2年前に両親を事故で亡くして、それ以来、
 両親の経営していたこの喫茶店を引き継いでオーナーとして頑張っている。
 ポニーテールがよく似合っていて、俺は町一番の美人だと思っている。
 今日もトレードマークの大きな水色のエプロン姿だ。
 俺はカウンター席に座るとアイスコーヒーを注文した。
 香織さんはグラスに氷を入れると冷蔵庫から出してきたコーヒーを注ぐと、ミルクとシロップを添えて、
 「はい、おまちどうさま」と言って、俺のまえに置いた。

 しばらく、香織さんと雑談を続けていると香織さんが「おじさんは最近どうしてるの?元気?」
 と尋ねてきて俺は香織さんに親父の再婚の話をすることになった。
 「てなわけでさ、突然、母親と妹ができることになったよ」アイスコーヒーの氷を突付きながら
 俺が話し終えると香織さんは
 「 へぇ、おじさんいい相手が見つかってよかったじゃない。家族ができるっていいものよ。
 明君だって賛成なんでしょ?」と聞いてきた。

 「うーん賛成も反対もなにもいきなりの話で全然ピンとこないな親父と二人で生活してても
 別に困ることもそんなになかったし、気楽にやってたからな」
 「明君はそれでよくてもおじさんはきっと寂しかったのよ。
 明君だって一緒に生活してみれば、きっと、母親と妹ができてよかったなって思うわよ」

 「そんなもんかなぁ?」「きっとそうよ私なんて一人暮らしだから毎日寂しいもんよ。
 あーあ私もどこかにいい人いないかしら。
 早くお嫁にいきたいわ」そう言う香織さんに「はい!はい!俺がいるよ香織さん。俺と結婚しようよ!」
 と答えると香織さんは「もう、なに言ってるの、大人をからかうもんじゃないわよ」そう言うと、
 細くてきれいな指で俺にデコピンをする。
 パチンといい音がして、俺が額をさすりながら「あたた・・からかってなんかいないよ。本気だって!」
 と言うと「あら、本当?うれしいな。
 そうね、後2、3年たっても明君の気が変わってなければお嫁に行かしてもらおうかな」

 香織さんはそう言って笑うと「じゃあこれは未来の旦那様候補に特別サービスね」
 と言ってサンドイッチをだしてくれ、アイスコーヒーのおかわりまでついでくれた。
 俺はそれらを全部たいらげた後、香織さんにお礼を言って店を出た。

 家に帰ると親父はもう市役所の務めから帰ってきていてリビングでニュースを見ている。
 「何だもう帰ってきてんのか、ちゃんと仕事してんのかよ税金ドロボウめ」「税金払ってない学生が言うなよ。
 俺の仕事は役所でも謹厳実直でとおってるんだ。
 そんなことよりな、千鶴さんから連絡があってな美幸ちゃんも再婚に賛成してくれてな、
 来月からここで一緒に住む事にした。
 籍の方も明日入れとこうと思ってる」「ふーん、結婚式とかはどうすんだ?」おれが聞くと
 「いや、千鶴さんとも話し合ったんだがお互い再婚だし、式はあげない事にした。
 二人でお互いの親戚に挨拶に行くくらいだな。まぁそういうことで来月から家は4人家族だ。
 明、よろしく頼んだぞ仲良くしてくれよ」と親父が答えた。

 それからは千鶴さんと美幸ちゃんの引っ越しに備えて、いままで散らかり放題だった我が家の
 掃除やかたづけにおわれ、あわただしく過ごすうちに引っ越しの日がきた。

 当日の朝、親父は二人を車で迎えに出かけ、俺は家でその帰りを待っていた。
 やがて玄関を開ける音がして、親父の「おーい今帰ったぞー」と言う声が聞こえた。
 玄関まで出て行くと親父が大きなボストンバックを抱えて立っていて、
 その横に千鶴さんと美幸ちゃんが立っている。

 おれが三人の前まで行くと千鶴さんは「あきらくん、今日から私と美幸の二人でお世話になります。
 どうかよろしくお願いします」そういって二人で深々と頭を下げる。
 俺の方も「いえ、こちらこそよろしくお願いします」と返事してあわてて頭を下げると、
 親父が「まあまあ、堅苦しい挨拶はそのくらいでいいだろう」といい、
 二人の荷物を片付けた頃に出前の鮨が届いて、四人で昼食にした。
 その日の夕食は千鶴さんがうでをふるってくれ、俺は久しぶりに家庭料理の味を堪能した。
 4人で話すうちに緊張もほぐれ、もともと昔からの知り合いだった俺達4人が打ち解けるまでに
 それほど時間はかからず、俺達の新しい家族生活は順調なスタートをきった。

 ジージーと外で鳴いているせみの声が遠くから聞こえてくる。
 4人家族の生活も毎日を慌ただしく過ごしている内にあっという間に3ヶ月が過ぎて季節はもう夏になっていた。
 夏休みは好きなだけ寝ていられるのが最大の魅力、と俺は毎日、怠惰な午前中を過ごしていた。

 それは夜の海だった。誰もいない浜辺には俺と香織さんの二人っきり。
 俺と眼が合うと香織さんは「ふふ・・いいわよ明君。いらっしゃい。私のこと全部教えてあげる」
 そう言って着ていた水着を取って裸になる。

 『ねーお兄ちゃん起きてよーもう10時過ぎてるよ』
 「ほ、ほんとにいいんだね、お、おれもう・・」俺は香織さんを両腕で抱きしめる。
 『きゃっ!お、お兄ちゃん?』
 「ずっと前から好きだったんだ」俺はそう言うと香織さんをさらに強く抱きしめる。
 『そ、そんな突然・・だめだよ、私達もう兄妹なんだよ』
 俺が香織さんをそっと押し倒すと香織さんは
 『お、お兄ちゃん、やさしくしてね・・・』と言う。

 お兄ちゃん?香織さんが何故俺をお兄ちゃんとよぶんだ?ふと気付くと俺のベッドの中に
 なぜか美幸が俺と一緒に入っ ていて真っ赤な顔をして目を閉じている。
 「美幸」と呼ぶと目を開けて、「あ・・何、お兄ちゃん」と言った美幸に俺が「香織さんはどこにいった?」と聞いた瞬間、
 美幸の眉がキッとつりあがって、「お兄ちゃんのバカーッ!」と、
 部屋の窓ガラスがビリビリと振動するほどの大声で叫ぶと
 ベッドの脇に置いてあった電気スタンドをつかむと俺の頭に振り下ろした。
 ゴスッ!と鈍い音が鳴り響く。「ぐはぁ!」頭を抱えてのたうちまわる俺をそのままに
 美幸は「朝ごはん、片付かないから早く食べちゃってよ!」と言い残すとドアを乱暴に閉めて俺の部屋を出て行った。

 その日の夕方、喫茶「エンゼル」に出かけた俺は帰り道で駅前の本屋から出てきた美幸とバッタリ出会った。
 俺がそばまで行って、「美幸、今から帰りか?一緒に帰ろうぜ」と言うと、
 「やだ」と返事してふくれっつらで横を向く。
 「何だよ、今朝のことまだ怒ってんのか。ちょっと起きなかったぐらいでそんなに怒るなよ」
 「そんなんじゃないもん!うう・・お兄ちゃんの馬鹿。私、本気だったのに・・」
 そう言ってベソをかく。

 「お、おい、こんなとこで泣くなよ。わかったわかった。
 俺が悪かったよ。お前の言うこと何でも聞くからもう許してくれよ」
 「本当に?何でも聞いてくれる?」「あ、ああ。ただし、ちゃんと俺ができる範囲の事にしてくれよ」
 「うん、わかった!」美幸はそう言うともう笑顔になって、
 すこし考えた後、

 「じゃあ、お兄ちゃんと二人でディズニーシー行きたい」と言う。
 それくらいなら何とかなるかとほっとした俺が「いいぜ、いつでもつれてってやる」と答えると、
 美幸は「後もうひとつ」と言う。

 「まだあんのか、次はなんだよ?」と聞くと、「家までおんぶして」と言っておれの背中にまわる。
 「ええっマジかよ。かんべんしてくれよ」俺がそう答えると美幸は
 「何でも聞くって行ったじゃないー」と言ってまたベソをかく。
 「あーもう、わかったよ。ほら」そう言って俺がしゃがむと「えへへ、それじゃ行くよ」と言っておれの背中に乗ってきた。
 駅から家までの帰り道を美幸をおんぶして歩いていると通行人のほとんどが
 俺達に視線を止める。そりゃそうだろう。
 おんぶして歩くには14歳の美幸は大きすぎる。
 俺が警察官に職務質問されたりしないようにいのりながら歩いていると美幸が

 「ねえ、お兄ちゃんこうやっておんぶしてもらうの久しぶりだね。
 だいぶ前にお兄ちゃん達が家に遊びに来てくれたとき以来だよ」と言う。
 「ああ、そういえばそんな事もあったなー」美幸に言われて昔、
 美幸をおんぶして夕焼けの中を歩いたときの事を思い出す。

 今日の夕焼けが随分きれいだから美幸はあの日の事を思い出したんだろう。
 「お兄ちゃんの背中、凄く広くなったんだね」美幸はそう言っておれの背中に顔をうずめる。
 「美幸もちょっとだけ女らしくなったよ」俺がそう答えると美幸は何にも言わずにギュッと俺の背中にしがみついてくる。
 俺は家に帰るのがなんだか惜しくなって、わざとゆっくり歩く。

 夕焼けは今も昔も変わらないやさしさで俺達をつつんでいた。




あとがき
今回はエロなしになってしまいました。
本当はもっと長い話にしたかったのですが、今はこの程度の物を書くのが精一杯です。