HAPPY HAPPY BIRTHDAY
作・きたやん


 屋敷までの長い坂道を登っていくとじっとりと汗ばんでくる。8月の日中はさすがに暑い。
「車があれば楽なのにな」とつぶやきながら俺は額の汗をぬぐった。
もっとも、大学の学費と生活費を家庭教師のバイトで捻出するのが精一杯の俺に車を買う余裕なんかない。

6畳一間のボロアパートに下宿して吉野家とマクドナルドの常連の俺には
どこぞのおぼっちゃんの様に車を買い与えてくれる金持ちの親がいるわけでもなく、
自分の車なんて物が持てるのは遥か遠い先の出来事だろう。

そんな事を考えながら坂道を登り続け、ようやく目的の屋敷の前にたどり着いた。
300坪はある敷地に建てられた英国風の立派な屋敷だ。アンティークな作りの鉄でできた門扉を開けて中に入り、
丁寧にガーデニングされた庭をながめながら玄関まで歩き出すと、
庭の奥からきれいな毛並みのゴールデンレトリバーがとことこ、と歩いてきて俺の顔を見上げてしっぽを大きく振った。

「よう、ジョン。今日も元気か?」そう言って頭をなでてやると甘えた声をだしておれのズボンに顔をこすりつけ、
玄関までついてくる。

玄関脇のカメラ付のインターホーンを押すとかわいい声で「あ、先生。いますぐ行くからちょっと待っててね」
と応える声が聞こえ、しばらくすると玄関のドアが開いて半袖のピンクのワンピースを着た女の子が顔をだし、
「先生、こんにちは!」と元気いっぱいの声で挨拶してくれる。彼女の名前は藤原裕美ちゃん。
中学一年生で13歳。

俺は今年の4月からこの子の家庭教師をしている。今では随分俺になついてくれて、
「先生の授業が楽しみなの」とまで言ってくれるようになったが、家庭教師を始めたばかりの頃なんかは
恥ずかしがりやの彼女は、こちらが話し掛けてもすぐに顔を真っ赤にして
うつむいてしまう様な有り様だったから俺も結構気を使った。
大手建築会社の重役の一人娘として箱入りに育てられた彼女は、今通う中学も私立の名門女子校だし、
普段一対一で接する異性といえば父親と俺くらいだろうから無理もないのかもしれない。
「こんにちは。今日も暑いねぇ」と彼女に返事して屋敷の中に入る。

屋敷の中はエアコンがきいていて気持ちいい。外見にふさわしく、内部も豪華な作りだ。
廊下にかけてある洋画なんかも俺には価値がわからないが、おそらくかなりの値段がするんだろう。
「先生、すぐに行くから先に私の部屋で待ってて」と言う裕美ちゃんにうなづいて彼女の部屋に向かう。
彼女の部屋に入るといつも良い匂いがする。これが女の子の匂いというやつだろうか。

俺の部屋の倍は広さがあるフローリングの洋間はいつもきちんとかたづけられていて塵ひとつ落ちていない。
くらべるのがおかしいが俺の部屋とは大違いだ。
しばらくするとドアの向こうから裕美ちゃんが「先生、ドアを開けて〜」と言う声が聞こえてきたのでドアを開けると、
アイスコーヒーの入ったグラスとお皿に盛ったクッキーをのせたおぼんを持った裕美ちゃんが入ってきた。
部屋の真ん中にあるテーブルにそれを置いた彼女が「はい先生、どうぞ」と言ってすすめてくれる。
「ありがとう。じゃあ、早速いただきます」そう言った俺がクッキーを一つ口にすると、裕美ちゃんがじっと俺の方を見ている。
「あの、先生、そのクッキー、味はどう?」「ん?おいしいよ。裕美ちゃんも食べたら?」
俺がそう言うと裕美ちゃんは「私はいいから先生食べて。あのね、そのクッキー、私が作ったの。
先生に食べてもらおうと思って」と答えた。

「へえ、裕美ちゃんが作ってくれたのか。うん、おいしいおいしい。よく出来てるよ」
実際、お世辞じゃなくそのクッキーがおいしかったので俺はすぐに全部たいらげてしまった。
「ごちそうさま。裕美ちゃんありがとう、俺、手作りのクッキーなんて始めて食べたよ」そう言うと、
裕美ちゃんはうれしそうに「喜んでもらえてよかったー。また作ったら先生、食べてくれる?」と聞いてきた。
俺はおおきくうなづくと「もちろん!楽しみにしてるよ」と答え、時間がきたので今日の授業を始めることにした。
授業の最初に俺が作ってきたテストを彼女にやってもらう。

前回のおさらいだ。俺は真剣な顔で問題に取り組んでいる彼女を眺める。
肩までかかったサラサラのきれいな黒髪、透きとおるくらいに白い肌、折れそうな位きゃしゃな手足。
まさに、お人形さんみたいにかわいいという表現はこの子の為にあるんじゃないかと思う。
じっと見つめる俺の視線に気付いたらしい彼女が顔を上げて俺の方を見る。
二人の視線が合ったまま彼女の瞳を見つめ続けると裕美ちゃんが恥ずかしそうに、
「あ、あの、どうしたの先生?」と聞いてきたので俺は「裕美ちゃんがかわいいから見とれてた」と正直に答える。
それを聞いた裕美ちゃんは「や、やだ、からかわないで先生」そう言って耳たぶまで真っ赤になってしまった。
「別にからかってなんかいないよ。本当に見とれてたんだ」
俺がそう答えると裕美ちゃんは「は、はい、出来ました!」と言ってテストを差し出し、話題を変えようとする。
俺は解答をチェックするがいつもどうりの完璧な答えだ。
学年で1,2位を争う成績の裕美ちゃんには問題が簡単すぎたかもしれない。

2時間後、今日の授業も無事に終了した俺は次回の授業でやる範囲を裕美ちゃんと話し合った後、
「じゃ、今日はここまで。おつかれ」裕美ちゃんにそう言って帰ることにした。
俺が部屋を出ると裕美ちゃんもついてきて、外まで見送ってくれると言う。
玄関を出たところで「ここまででいいよ裕美ちゃん。今日はクッキーありがとうね。バイバイ」

俺がそう言って別れを告げて歩き出した瞬間、突然後ろからぐいっと腕をつかまれた。
驚いて振り向くと裕美ちゃんが両手で俺の右腕をつかんでいる。
「おおっ、な、なに、どうしたの裕美ちゃんなんかあった?」俺がそう聞くと裕美ちゃんは
「あ、あの、先生ちょっと待って。私、先生にプレゼントしたい物があるの」と真剣な顔で言ってくる。
「プレゼント?なんで俺に」首をかしげる俺に裕美ちゃんはすこしおかしそうに笑って、
「先生、自分の事なのに覚えてないのね。前、私に誕生日教えてくれたでしょ」と言う。
そういえばそうだった。彼女に言われて今日が俺の誕生日だった事を思い出す。
だいぶ前に俺が教えた誕生日を裕美ちゃんは覚えてくれていたみたいだ。

「そうかーそういえば今日、俺の誕生日だったよ。裕美ちゃん覚えててくれたんだ。
だけどプレゼントなんて気を使わなくてもよかったのに」俺がそう言うと裕美ちゃんは
「ううん、私、どうしても先生にプレゼントしたい物があるの」そう言ってまた真剣な表情になる。
「そうか、裕美ちゃんがそんなに言ってくれるんならありがたく受け取ることにするよ。有難う」
俺がそう答えて彼女が何をプレゼントしてくれるのか楽しみにしていると裕美ちゃんが
「じゃあ、先生、ちょっとだけしゃがんで目を閉じてくれる?」と言う。
俺が言われたとおりにするとふいにおれの肩に彼女の両手がかかって、
唇に柔らかい感触があたる。驚いたおれが目を開けるとすぐ前に裕美ちゃんの顔がある。
しばらくして俺から離れた裕美ちゃんは「先生、私のプレゼントは私のファーストキスだよ」
そう言ってくるりと反転すると、玄関の戸を開けて素早く中に入ってしまった。
後に残された俺はしばらくその場に立っていたがとりあえず屋敷を出る事にした。
門の外へ出てもまだあの時の感触が唇に残っている。
俺は「うおっしゃー」と大声で叫ぶと駅へ向かって全速力で走り出す。今日は人生最高の誕生日だ。
今夜は裕美ちゃんの事を考えて、眠れそうにない。



あとがき
今回はこんな事あったらよかったのにな〜という自分の妄想を
文字化してみました。美少女の家庭教師をして仲良くなる事は私の永遠の夢です(笑)