恋の終わりと始まり
作・きたやん


夏休みを明日に控えた日の朝、中学3年の受験生の身ながらもやはり夏休みが楽しみな俺が
うかれ気分で朝メシを食っているとオフクロが
「あ、そうそう、博人、あんたにいうのすっかり忘れてたけどあゆみちゃんがこっちに遊びに来るのよ。
今日からしばらくうちに泊まるけどあんた、迷惑かけちゃだめよ」と言う。

俺は飲んでた味噌汁をおもわずふきだしそうになったのをこらえて、
「ええーっ!あゆみ姉ちゃんうちにくるのか?」と叫んでしまった。
「そんなに大声ださなくても聞こえるわよ。
大学が夏休みの間に久しぶりにそっちへ行きたいからしばらく泊めてもらえないかって3日ほど前連絡があったのよ」
「そうかあ、あゆみ姉ちゃん帰ってくるのか」


俺の頭の中にあゆみ姉ちゃんの記憶がよみがえる。
あゆみ姉ちゃんは俺より5つ年上のいとこだ。
家もすぐ近所で、俺の事をガキの頃から実の弟みたいにかわいがってくれて、
俺はどこに行くにも姉ちゃんの後をついていってたもんだった。
だけど3年前に親父さんの仕事の関係で東京へ引っ越ししてしまって以来、一度も会っていなかった。

おれが回想にひたっているとオフクロが
「あゆみちゃん、本当にあんたをかわいがってくれたわよね。よく勉強も教えてもらってたし、
あんた、夏休みの終わりになると白紙の宿題のノートかかえてあゆみちゃんに泣きついてたじゃない」
そういって笑う。
俺はそのセリフは聞こえなかったふりをして朝メシを食い終えるとカバンをとって学校へ行く事にした。


学校に着き、教室に入って自分の席につくと先に登校していた前の席の健二が「おっす」と挨拶してきた。
「おう」と返事した俺の顔をみて健二が
「お、今日は機嫌よさそうだな。なんか良い事あったのか」と聞いてきた。
健二とはまだハナタレのガキだった頃からの親友だから俺の顔を見ただけでわかるらしい。
それだけにこいつにはなかなか隠し事ができない。
「いや、そんなたいした事じゃねーけどな、今日からあゆみ姉ちゃんがうちにくんだよ」
「へえ、あゆみ姉ちゃんこっちにくんのか。久しぶりだろ、引っ越ししてから、もう3年か?」
と懐かしそうな顔をする。健二はよく俺の家に遊びに来てたからあゆみ姉ちゃんの事もよくしってるし
面倒見てもらったことも多いからこいつもあゆみ姉ちゃんと呼んでいる。
姉ちゃんの引っ越しの日はこいつも見送りに来ていて、泣いていたくらいだ。
「そうか、それで朝っぱらから顔をにやにやさせてんのか」そう言って健二が笑う。
「ベ、別に、にやにやなんてしてねーだろー」と反論する俺に健二は
「へっへっへっ、そんなに照れんなよ。楽しみだろ?憧れの人との再会は」と、からかってくる。


二人でそんな会話をしていると、ちょうどその時教室に入ってきたさやかが、
自分の席にカバンをおいてから俺達のほうへ来て、
「何もりあがってんのよ、どうせまたスケベな話でもしてたんでしょ」とからんできた。
さやかは1年の時にこの中学に転校してきた。この町で農業をしていたさやかのじいさんが亡くなって、
長男だった親父さんが後を継ぐためにもどってきた為だ。
たまたま一番近くに住んでいた同級生が俺だった為に担任の命令で学校への道程を覚えるまで
しばらく一緒に登校した事がある。その時からの腐れ縁で、
顔は結構かわいいんだが女の癖に喧嘩をすると口より先にパンチやキックがとんでくる乱暴者だ。
特に俺には意味もなくよくからんでくる気がする。

男子のなかにはこいつに惚れてるやつもいるらしいが、
しょっちゅう色んな事にむりやり付き合わされて振り回されている俺にはそいつの気が知れない。
「おお、さやか、あのな博人の憧れの女性が今日から博人の家に来るんだぜ」と言う健二にさやかは
「博人の憧れの女性?なにそれ」と尋ねる。
「だーかーらー、そんなんじゃねってばよー」という俺を無視して健二はさやかにあゆみ姉ちゃんの説明を始めた。
健二の話を聞き終えるとさやかは
「ふーん、そうなんだ」とだけ言ってなんだか面白くなさそうな顔をしている。
その様子を見た健二がにやにやしながら
「お、なんだ、やっぱり気になりますか?さやかちゃんとしては」と言う。
「な、なんでわたしがそんな事、気にしなくちゃいけないのよ!ば、ばかじゃないのあんた!」
さやかはそう言うと同時に健二となぜか俺にも頭にチョップをくらわすと自分の席に戻ってしまった。

「あ、あたた・・・なんで俺まで。だいたい、なに怒ってんだあいつ?へんなやつだな」
頭をさすりながら俺が言うと健二は自分も頭をさすりながら
「お前がにぶいからにきまってんじゃねーか」と言って笑う。俺は健二に何それ?何で俺が?と聞こうとしたが、
担任が教室に入ってきて結局その話はそこで終わってしまった。
終業式も終わり、担任からあまり見たくない通知表を受け取るとさっさと帰ることにした。
校門の前で健二と別れると俺は自転車に乗って帰り道についた。

中学からの帰り道、自転車でバス停の前を通りかかると、ちょうど、30分に一台しかこないおんぼろバスが停まるところで、
数少ない乗客の中から女の人が降りてきた。
真っ白のワンピースを着て麦わら帽子をかぶったその人は大きなバッグを両手で重そうに持っている。
俺が見かけない人だなと思って見ていると、こっちの方をみたその人と目が合った。
その瞬間、笑顔になったその人が俺に向かって
「わぁ、ひろちゃんひさしぶりー。どう、元気にしてた?」と聞いてくる。
名前を呼ばれた俺はすぐ近くまで寄っていってゆっくりその人の顔を眺めて、
ようやくそれがあゆみ姉ちゃんだということに気付いた。俺が驚きのあまり黙ったままでいると姉ちゃんは
「あら、どうしたのひろちゃん。ひょっとしてもう私の事忘れちゃったの?姉ちゃん悲しいなあー」と言って肩を落とした。
俺は慌てて首をふりながら
「い、いや、そんなことないよちゃんと覚えてるよ!な、なんかその・・・姉ちゃんすごく変わっちゃったからびっくりしたんだよ」
「ええーそうかな?そんなに変わってないと思うんだけどな。あっ!ひょっとして私あのころより太って見える?」
姉ちゃんはそう言って心配そうな顔をする。

姉ちゃんは気付いてないんだろうか。自分が凄く綺麗になったことに。
俺の記憶にある、3年前の姉ちゃんの姿はみつあみおさげのセーラー服だ。
だけど今、俺の前にいる姉ちゃんにはその頃の面影なんか全然なくて、もうすっかり大人の女性っていう感じで、
なんだかまぶしいくらいだ。俺はついまじまじと姉ちゃんを見つめてしまう。
「なによう、もう。そんなにじっと見つめられたら恥ずかしいじゃない」
姉ちゃんは少し顔を赤くしながら俺のおでこをペシペシとたたいて、
「今日からしばらく泊めてもらうからよろしくね。あ、夏休みの勉強、
わからない所があったら私が教えてあげるからね」そう言って笑った。

俺は自転車を降りて、姉ちゃんの荷物を荷台に載せ、二人で歩いて帰った。
隣にいる姉ちゃんからはなんだかいいにおいがしていて、俺はずっと胸のどきどきがおさまらなかった。
姉ちゃんが来た事をオヤジやオフクロもよろこんで、その日の夕食はずいぶん豪華で、
姉ちゃんから聞く東京の話や、こちらにいた頃の思い出話で盛り上がってにぎやかだった。

ジリリリリ・・・やかましい目覚まし時計のベルを止めると、おれはもう少し寝る事にした。
ようやく夏休みになったんだし、少しくらいは寝坊をしても良いだろう。
俺が布団の中で至福のひと時を味わっていると部屋のドアがノックされて姉ちゃんが入ってきた。
「こら!ひろちゃんもう起きなさい。夏休みだからっていつまでも寝ていちゃダメじゃない」
そう言うと俺の体を揺さぶる。
「うーん、あと30分したら起きるよ」
「そんなこと言って、どうせ起きないくせに、ダメダメ!」
「おはなしくだされ、武士の情けでござる」
「忠臣蔵は年末にやるものよ。私は武士じゃないからダメ!」
俺が布団にもぐりこんでなかなか出ないでいると姉ちゃんは
「よーし、こうなったら実力行使よ」と言うなり、布団の中に手を突っ込んで俺の体をくすぐり始めた。
「うひゃひゃひゃ!姉ちゃんやめてくれー」
俺が逃げようとすると姉ちゃんは体をかぶせてきて、俺を逃がさないようにしてくすぐり続ける。
動いているうちに姉ちゃんの胸が俺の体に押し付けられる感触がして、
間近で姉ちゃんのいい匂いを嗅いでいるうちに、朝の元気を持っていた俺のモノがだんだん本気の元気を持ち始めて、
つっぱってしまった。

ヤバイと思った俺がなんとかこの状況を脱出しようと大きく体をひねったその時、
布団の中の姉ちゃんの手がまさにジャストの位置で俺の股間にあたった。
「・・・・・・・?」一瞬動きの止まった姉ちゃんが、けげんな顔をしてそれを触る。
「○×△☆※!!」思わず俺の全身に電流が走る。
だがその時、ようやく自分の触れている物の正体に気付いた姉ちゃんが
「あ・・・・」と言うと顔を真っ赤にして俺から離れると
「あ、朝ごはん、おばさんが用意してくれたから早く食べなきゃダメだよ」とだけ言って慌てて部屋を出て行った。

俺が着替えをしてからメシを食いに居間に行くと姉ちゃんは俺を待ってくれていて、俺が座るとご飯と味噌汁をよそってくれた。
姉ちゃんはまだ赤い顔をしている。
俺は姉ちゃんに待っててくれた礼を言って、二人でメシを食ったけれど、しばらく姉ちゃんの顔を正面から見れなかった。
家にいる間はずっと、朝メシの後で姉ちゃんは、俺の勉強をみてくれたので俺は随分助かった。
姉ちゃんに用事がない日は勉強が終わってから二人で出かけたりもした。
姉ちゃんが作ってくれた弁当を持って近所の海岸へ行ったり、映画を見に行ったり、
なんだか昔に戻ったみたいで俺は楽しくてしょうがなかった。

その日も姉ちゃんに起こしてもらった後、二人で朝メシを食っていると姉ちゃんが
「ひろちゃん、今日神社のお祭りだよね、見に行くんでしょ」と聞いてきた。
「それがさ、健二と見に行く約束してたんだけど、あいつ、昨日から風邪ひいて寝てるんだよ」
俺がそう答えると姉ちゃんは
「あら、残念ね。そうだ、私は高校の時の友達と一緒に行く約束してるんだけど、ひろちゃんも来る?」と言ってくれた。
「いいよ、せっかく久しぶりに友達に会うのに邪魔しちゃわるいから」
俺は姉ちゃんの誘いを遠慮して、今更、他の誰かを誘うのも面倒くさかったので一人で出かける事にした。
時計を見るとお祭りが始まるまではまだ、だいぶ時間があったので俺は本屋まで買い物に行く事にした。
漫画雑誌を買って帰ってくると俺の家の前に誰かが立っているのが見えた。
よく見るとさやかだ。
浴衣姿だし、髪型もいつものポニーテールほどいているせいでしばらく気付かなかった。
さやかは門の前で左右に行ったり来たりしていたが、中に入っていって、玄関のインターホンを押そうとして、
なぜか途中でやめて手を引っ込めてしまう。
また門の所まで戻ってきてうろうろしている。
しばらくしてもう一度インターホンの所へ行って押そうとして、やっぱり途中でやめてしまう。
俺がそばまで行って背後から、
「なにやってんのお前?」と声をかけるとさやかは
「わあっ!」と驚いた声をだして振り返り、俺を見て
「な、なんだ、家の中にいたんじゃなかったの」と言う。
なぜかめちゃくちゃ慌てている。

「おお、ちょっと本屋に行ってたんだよ。それよりさやか、うちになんかようか?」
「え、あ、あの、別に用事はないんだけど、その、あの、ほら、今日お祭りだから、見に行こうと思って
それで、その偶然、博人の家の前を通りかかって、えーと、その、つまり」
さやかは真っ赤な顔になってそう言う。
?????意味がさっぱりわからない。
「お前、今日なんか変だぞ、顔も赤いし、熱でもあるんじゃねーか?」
俺はそう言って左手をさやかの額にあてて、自分の額と温度をくらべてみる。
さやかの顔はますます赤くなるし、おでこもやっぱり熱い。俺が手を離して、
「お前、やっぱり熱あるんじゃないか?大丈夫か?」と尋ねるとさやかは小さな声で
「ううん、大丈夫。熱なんかないよ・・」と小さな声で返事する。
その時玄関のドアが開いて、ほうきを持った姉ちゃんが鼻歌を歌いながら出てきた。
俺達の姿を見つけて
「あら、ひろちゃんおかえり」と言う。俺の隣にいるさやかには
「こんにちは、わたしひろちゃんのいとこで島本あゆみっていいます。はじめまして」
と挨拶してにっこり笑った。それを聞いたさやかは慌てて
「は、はじめまして、私、博人君と同じクラスの平山さやかといいます」と頭を下げた。
姉ちゃんはさやかに
「かわいい浴衣ね。これからお祭りに行くの?」と聞いた。
「はい。そうです」と返事するさやかに姉ちゃんが
「ひょっとして一人?」と聞くとさやかは
「は、はい・・」と小さな声で返事するとうつむいてしまった。
へんだな、さやかは友達がいっぱいいるから、誰かを誘えばいくらでも相手がいるはずなのに。
俺がそう考えながらさやかを見ていると姉ちゃんが俺とさやかを交互に見て、
「ああ、なんだあ、そういうことね」と言ってうなずいた。そしてさやかに
「あのね、さやかちゃん。もしよかったら、ひろちゃんと一緒にお祭りにいってあげてくれない」と言う。
「えっ?」俺とさやかが同時に声をあげる。
「ひろちゃんもちょうど一人なのよ。せっかくのお祭りなんだし、誰かと一緒の方が楽しいわよ。
ね、そうしなさいよ」そう言うと姉ちゃんは
「ほら、早く行きなさい、私は庭の掃除が終わったら行くから。あ、そうそう、ひろちゃん、帰りはちゃんと、
さやかちゃんを家の前まで送ってあげなくちゃダメよ」
と言いながら、強引に俺達二人の背中を押して、
「じゃ、いってらっしゃい」と言って手を振った。
結局、そのまま姉ちゃんに押し切られるかたちで俺とさやかはいっしょにお祭りに行く事になった。
神社までの道を二人で並んで、慣れない格好のせいか、いつもより遅いさやかの歩調に合わせてゆっくり歩いているとさやかが
「博人、1年の時からだいぶ背が伸びたね」と話し掛けてきた。
「ああ、そうだな。15cmくらい伸びたからな」そう返事しながら隣にいるさやかを見てみる。
1年の時には同じくらいの身長だったけれど、いまはさやかの身長はおれの肩あたりまでしかない。
へえ、いつの間にかこんなに差がついたんだな。俺はそう考えながらあらためてさやかを眺めてみる。
俺の背も伸びたけど、この2年間でさやかもちょっとだけ女らしくなったみたいだ。
もうちょっとおしとやかだったらいいのにな。俺がそんな事を考えているとさやかが
「なによ、人の事じっと見たりして。私の魅力にクラクラね」と笑う。俺は
「お前にクラクラなのは殴られた時だけだよ」
そう返事して笑う。そんないつもどおりの会話をしているうちに神社に着いた。

神社に着くと沢山の出店が出ていて凄くにぎやかだ。焼きそばの匂いが俺を激しく誘う。
焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、俺は立て続けに食って回ったがさやかは、
おなかがすいてないからいいと言って食べなかった。カキ氷はさやかも食べるといったので二人で一緒に食べた。
腹がふくれた後で、くじ引きや、射的、ひよこ釣りといろんな屋台をみてまわっていると、
さやかが金魚すくいの店の前で
「あ、私金魚すくいやりたい。家にからっぽの水槽あるから金魚飼いたかったんだ」といって立ちどまった。
さやかは金を払ってポイを受け取ると
「どの子にしようかなー」と言いながらしばらく金魚の品定めをしていたが、やがて
「よし!」と言うなり、ポイを水中に突っ込んだ。2,3回腕を上下させたらさやかのポイはあっさり破れた。
もちろん金魚は一匹も取れていない。
「ぷ、何やってんだよ、へたくそだなあ。そんな強引にやったってすくえやしねえよ」
俺が笑うとさやかはふくれっつらをして、
「じゃあ、博人やって見せてよ」と言う。俺は屋台のおっさんに金を払ってポイを受け取ると
「まあ、見とけって」とさやかに言って金魚をすくい始めた。
金魚すくいはガキの頃から得意中の得意だ。左手に持ったおわんがいっぱいになった所で俺は、
まだ使えるポイを店のオヤジに返す。
「すごーい!上手だね!」さやかが驚いた顔で言う。

取った金魚の中から元気そうなやつを三匹だけ選んで、金魚のお持ち帰りに定番のビニール巾着に入れてもらうと
俺はそれをさやかに渡した。
「わあ、もらっていいの?」うれしそうにさやかが言う。俺がうなずくとさやかは
「ありがとう、大事に飼うね」と言った。
気がつけば時間はとっくに午後8時を過ぎていた。俺は全然平気だけれど、さやかは一応女だし、
あんまり遅くなってもいけないと思って俺は
「じゃ、そろそろ帰ろっか」と言って、姉ちゃんに言われたとうりさやかを家まで送っていく事にした。
神社からの帰り道、月明かりのおかげで明るい道を行きと同じ様にゆっくり帰る。
さやかは手に下げたビニール巾着の中の金魚を嬉しそうに眺めている。

しばらく今日の祭りの感想を二人で話しているうちに、さやかの家の前に着いた。
「じゃ、バイバイ。おやすみ」俺がそう言って帰ろうとするとさやかが
「あ、あの、ちょっと待って」と俺を引きとめた。
「ん?なに?」そう聞く俺にさやかは
「あ、あのさ、あゆみさんの事なんだけど」と話し掛けてきた。
「姉ちゃんがどうかしたか?」
「綺麗な人だね」
「それがどうしたんだよ」
「博人、あゆみさんの事好きでしょ。ライクじゃなくてラブのほうの意味で。博人があゆみさんを見てる時の目をみればわかるよ」
「だ、だったらどうだって言うんだよ」いきなりさやかにそんな事を言われて俺は慌てた。
「あのね、博人が本気であゆみさんの事が好きなら、ちゃんと気持ちを伝えた方が良いよ。
きちんと口に出して言わないと伝わらない事って多いから」
「な、なんだよ突然。なんでいきなりそんな事言い出すんだよ。俺が誰を好きでもお前に関係ないだろ」
俺がそう言うとさやかは悲しそうな顔をして
「何でって別に・・友達としてのアドバイスだよ・・でも、余計な事だったみたい。ごめんね」
そう言うと駆け込むようにして家の中へ入ってしまった。
あんな顔のさやかは始めて見たな。俺はそう考えながら重い足取りで家に帰った。
うちに帰ると姉ちゃんは先に戻っていた。俺を玄関まで迎えに出てくれて
「さやかちゃん、ちゃんと送ってきた?」と聞いた。おれが何も言わずにうなずくと
「どう、お祭り、楽しかった?」と聞いてきいたので俺は
「うん。まあまあ」とだけ返事して自分の部屋に戻った。
さやかに言われた事が気になってその夜はなかなか寝付けなかった。

姉ちゃんが来て一週間めの夜、オヤジ、オフクロ、俺と姉ちゃんで夕食を食べていると、姉ちゃんが
「おばさん、長い間お邪魔しました。そろそろ帰ります」と言った。
「あら、もう帰るの?もっとゆっくりしていけば良いのに、私達に気を使ってるんだったら、
そんな事、全然気にしなくて良いのよ。あゆみちゃんいてくれてみんなよろこんだるから。
博人の勉強見てもらったり、家事の手伝いしてもらったり、こっちが申し訳ないと思ってるんだから」
おふくろがそういって引き止めようとしたが姉ちゃんは
「おばさんありがとう。でもまだやらなきゃいけないレポートも残ってるし、友達にも会えたからやっぱり明日帰ります。
お世話になりました」と返事する。
「そう。残念ね。またいつでも遊びにきてね。うちは家族みんな大歓迎だから」
そう言うオフクロにうなずいた後、姉ちゃんは
「ひろちゃんもありがとね。受験勉強頑張ってね」と俺に言う。俺は
「うん。頑張る」とだけ返事した。
姉ちゃんが帰ってしまう。最初からわかってたあたりまえの事なのに俺は気持ちが沈んでいくのを抑えられなかった。

次の日の昼過ぎ、俺は姉ちゃんをバス停まで送っていく事にした。
バス停につくと、ちょうど前のバスが出たすぐ後で、次のバスまで30分近く待つ羽目になった。
備え付けのベンチに姉ちゃんと二人で腰掛けてバスを待つ。
遠くの方からセミの声が聞こえる以外はいたって静かだ。俺は姉ちゃんに何か話し掛けようと思ったけれど
かける言葉が見つからないまま時間だけが過ぎてバスの時間がどんどん近づいてきた。
姉ちゃんに会えるのはこれが最後かもしれないと思った俺はついにがまんできなくなってずっと言えなかった言葉を
口に出してしまった。

「姉ちゃん」
「ん、なに?ひろちゃん」
「俺、姉ちゃんが好きだ。愛してるっていう意味で」
突然そんな事を言われた姉ちゃんはかなり驚いた表情をしたが、俺が真剣な事がわかると、自分も真剣な表情になって言った。
「そう、ありがとうひろちゃん。姉ちゃん、そう言ってもらえてすごく嬉しい。本当だよ。でも、ごめんね、
ひろちゃんの気持ちにはこたえられない。今、姉ちゃんにも大切な人がいるの。大学を卒業したらその人と結婚するつもり。
だからごめんねひろちゃん」
姉ちゃんはゆっくりそう語った後、俺の顔をみてすまなそうな顔をした。
「う、うん。わかった。ごめん、突然こんな事いって困らして。全然気にしないでよ。
俺、ふられるのなれてるし、全然平気だからさ」
俺は精一杯の笑顔を作って、なるべく明るい声で姉ちゃんに返事した。
助かった事にちょうどその時向こうからバスがやってくるのが見えた。
まだ誰も乗っていないバスが停車して、乗降口のドアが開く。
バスに乗り込もうとした姉ちゃんがステップに足を乗せた所で振り向いて俺を手招きした。
俺が近づくと姉ちゃんが俺の頭を両手でそっと抱えるとおれのおでこにキスをする。
「これは、ひろちゃんの次の恋がすぐにみつかるおまじない」
姉ちゃんはそう言って笑顔になる。姉ちゃんが座席に着くとバスは動き出し、
俺はバスが見えなくなるまでその場所に立ったまま姉ちゃんを見送った。

家の前まで帰ってくると門の所にさやかが立っていた。俺がさやかの前に立つと、
「おかえり。あゆみさんの見送りに行ってたんでしょ。いま、おばさんから聞いたの」と話し掛けてきた
「そうか」と俺が答えると、さやかは心配そうな顔で
「告白した?」と聞いてきた。
「ああ、でもふられた」とだけ返事するとさやかは
「そ、そう、残念だったね」と言ってうつむいていたがしばらくすると顔を上げて
「あ、あのね、あゆみさんみたいなあんな美人になるのは無理だけど、あと五年くらいすれば私も今よりは綺麗になるし、
スタイルだってよくなるからそれまで気長に待っててよ」と一気に喋った。
俺が驚いたまま何も返事できないでいるとさやかは
「わたし、博人のこと好きだからね!」というなり、俺に背中を向けて走り去ってしまった。
「聞き間違い・・じゃないよな」俺はだいぶちいさくなったさやかの後姿をみながらつぶやく。
姉ちゃん、これがおまじないの効果でしょうか?やっぱり姉ちゃんはすごいです。



あとがき
お姉ちゃんだけではさみしかったので同級生の女の子を登場させたら予定よりも長い話になりました。
作品全体のイメージはサザンオールスターズの大ヒット曲の「TSUNAMI」を聴いている時にうかんだものです。