忘れてた…
作・らぴ夫


カーテンの隙間から朝日が射し込み、寝ている俺を容赦なく照らす。
 この照らされぶりからすると、もう8時過ぎだろうか…

 …………えっ!? 8時!!

 俺は手探りで枕元にあるはずの目覚ましを探す。
 目覚ましは…

 ない。
 感触がない。

 ベッドの下に目を落とすと、そこにはプラスチックの表面が割れ、
 2時過ぎを指したまま止まっている目覚し時計があった。

 「…ハハ。まあいいや。学校なんかどうせ行きたくないし…」
 今日も学校に行くことに失敗した俺は再び布団にもぐり込みんだ。



 いわゆる、「引きこもり」を始めてから何日たったんだろうか?
 ぼやけてしまって何もわからない。

 父親の会社が倒産して一家は離散、両親に見捨てられた俺は遠縁の親戚の家に預けられた。
 親戚が心からの善意で俺を引き取った訳ではないのは、態度でなんとなくわかった。
 たらい廻しのあげく、貧乏くじをひいただけだろう。

 親戚一家の汚らしいものを見るような冷ややかな視線が四六時中降り注ぐ。
 学校も食事も与えられる。
 ただそれだけ。
 心がえぐられるように痛い。


 だけど、彼女だけは違った。
 俺を煙たがる親戚一家の中で、ただ一人。
 娘で俺より一つ年上の純菜さんだけは偽りなく優しくしてくれた。
 家族に捨てられ不貞腐れた俺を励まし、自分の両親でもある親戚の冷たい態度に
 自分のことのように怒ってくれた。



 いつもなら純菜さんが起こしに来るのに今日はいつまでたっても誰も現れない。
 俺はいい加減起きることにした。
 なんだかいつもより日の光がまぶしい。

 立ち上がり、膝に手を当てて屈伸をする。
 寝すぎた割に体は軽い。

 部屋を見渡すとなんだかカビっぽい感じ
 「片付けなきゃな…」
 と言い聞かせるようにつぶやき階下へと
 降りる廊下に出る。

 下から物音は何も聞こえない。

 手すりも使わず、階段を降りると玄関へと続く廊下。
 人の気配はない。

 もうみんな仕事なり買い物なりにでかけてしまったのだろうか。

 とりあえず顔でも洗おう。
 俺は廊下の右奥にある洗面所に行き蛇口をひねるのだが…

 ひねってもひねっても水は一滴もでない。
 故障か?水道工事でもあるのか?

 これじゃ水がでるまで顔も歯もなんにも洗えない。
 朝からいやな気分だ。

 諦めてキッチンへと向かう。何か食べるものがあれば良いのだか…

 キッチン兼リビングがあるその部屋のドアを開けた時、
 俺は、ようやく事の異常さに気付き始めた。

 いつもなら明るい光が指しこむリビングは、留守をする時のように遮光カーテンが
 ひかれたままで、暗く何というかじめじめとした雰囲気を漂わせていた。

 進入を拒絶するような部屋の雰囲気にだじろいたものの空腹には勝てず
 俺は薄暗いキッチンに踏み込み改めて戦慄を覚えた。

 テーブルの上には、食パンが置いてあった。

 ただしその食パンはアオミドリのカビに覆われ腐臭を撒き散らしている。
 賞味期限を見るまでもなく食べられたものではない。

 (どういうことだ?)

 (一体どういうことなんだ?)

 昨日までカビがはえたパンなんてどこにもなかった。
 おばさんの俺への虐め…そうじゃない。
 こんな手の込んだことできるほど頭の良い人じゃないのはよく知っている。
 
 なにより変なのは、暗い室内を凝視し、テーブルを見ると、うっすらと埃が被ってる。
 昨日今日で積もったものでないのは一目瞭然だった。

 俺はキッチンを飛び出し玄関へ向かった。
 額にじっとりとイヤな汗をかいているのが感じられる。

 ガチャガチャ。

 玄関には鍵が掛かっていた。
 不安ではちきれそうな心を落ち着かせ開錠すると、ノブをゆっくりと廻し扉を開く。

 キィィィィィィィィ

 長い間使われて無かったかのような軋んだ音をたててゆっくりとドアは開いた。
 たが、全部は開かない。何かがドアを開けるのを遮っている。

 半開きの隙間から外を覗くと、外からの進入を防ぐように、この家全体が黄色いテープで覆われているのが解った。

 黄色いテープには黒い文字が等間隔で記されているのが見える。

 「県警の許可なき立ち入りを禁ズ」

 ケイサツ、けいさつ、警察!?

 どこかで見たことのある黄色いテープ。
 そうだ。テレビでみたことがある。
 事件のあった家を囲んでいた黄色い…

 「うわぁぁぁぁぁ…」

 気が狂いそうになりながら、俺は二階に駆け上がる。
 
 なんで?
 …怖い怖い怖い。

 助けてタスケテ…純菜ねえちゃん。


 二階の一番奥の部屋。そこに純菜姉ちゃんの部屋はある。
 いつだってお姉ちゃんは味方だ。
 姉ちゃんに会いたい。

 叫びながら姉ちゃんの部屋のドアを開けた。
 やっぱり…
 やっぱり誰もいない。

 他の部屋と違うのはベッドの上に枯れた花束が置かれていることくらいだ。
 同時に俺の脳裏に淫靡な光景が突然蘇る。

 力ずくで組み敷かれ恐怖に顔を蒼ざめた純菜ねえちゃん。
 はだけたブラウスの下に白い肌が、ふっくらと隆起した乳房を覗かせる。
 男の手は抵抗する彼女の首を締め上げていく。

 死んだのか気絶したのか解らない、意識のない彼女の体を男は犯した。
 「なんで…なんで俺を捨てようとしたんだよ…ずっと一緒に…一緒にいて欲しかったのに」
 泣きながら犯し続ける男は…俺自身だった。

 「忘れてた」

 俺は今は住む人を失った純菜ねえちゃんの部屋に立ち尽くし小さくつぶやいた。

 そうだ。俺死んだんだった。
 姉ちゃんを殺した後、自殺したんだ。
 なんで気付かなかったんだろう。


 俺の部屋の時計は死んだ時苦しくて床に落としたんだろう …2時を指していた。
 さっき見た洗面所の鏡。
 俺…映ってなかった。


 そうか…

 俺は自分の部屋に戻り布団に入った。
 「もう起こしに来てくれるないだろうな…姉ちゃん…」

 小さく呟いて俺は再び眠りについた。

 深い深い眠りに…

                                 了


あとがき
スマン。
 暗いね。暗いったらありゃしないねこりゃ(苦笑)
 もっと長く細かく書いても良かったんですが
 あまりに暗いので書くのに耐えられなくなりまして
 逃げました。
 なんかアホなの書くつもりが、昨日、映画で「アザーズ」見たもんでこういうことになっちまいました。
 まあお題は満たしたかな…という感じです。
 次は本来のエロコメで頑張りたいと思います。
 読んで頂いた方ありがとうございます。