トランプ
作・スイカの名産地


 カッチ、コッチ、カッチ、コッチ……

 机の端の時計を見ると、時刻はもう夜中の12時を回っていた。

 俺は、机の上に並べた参考書から目を離した。
 なんとなく、試験勉強を開始してからずっと閉めっぱなしにしてあったカーテンの隙間から、外を見てみる。

 夏も近いとはいえ、当然のように窓の外は夜。
 勉強を開始したときは7時頃で、まだ明るかったのだが。

「……あーあ」

 いつの間にか変わってしまっている外の景色のせいか、なんだか俺だけが
世の中に置いていかれてしまったように思えて、少し憂鬱になった。

 5時間近く開いていた参考書の中身は、今ひとつ俺の頭の中には入りきれてない。
 結局やっても無駄だというのなら、無駄な勉強をやって時間を浪費するよりも、
もっと有意義な時間の使い方があるような気がする。

 ……とはいえ、明日は学校の期末テスト当日。

 無駄な抵抗でも、しとくだけしとく方が、正しい学生の姿ではある。
 しかし、個人的な意見を言わせて貰うと、どうも俺は、一人で机に向かって勉強しても、
集中することの出来るタイプではないのだ。

「…うーむ」

 勉強をやめるべきか、やめないべきか。

「なんか、ねーかな…」

 もう一度、窓の外を見てみる。
 隣の家の、ちょうど真っ正面にある窓も、カーテンの向こうには灯りが見えていた。

 見慣れた風景ではある。
 隣の家の家族とウチの家族とは、俺が子供の頃からの付き合いを続けていて、俺とそこの子供とも、
子供同士でダチ付き合いは続けている。
 まぁ、俺達の方は親同士の大人同士の付き合いとは違って、バリバリの腐れ縁だったが。

 真っ正面の窓のある部屋は、その腐れ縁のダチの部屋だ。
 灯りがついているということは、俺と同じくテスト前の最期の無駄な抵抗を続けてるってところだろう。

 …と、ふと、とある考えが浮かんだ。

 日本には、こんな素晴らしい格言がある。

『赤信号、みんなで渡れば怖くない』

 この格言には、二つの意味がある。
 すなわち、本来の意味である、集団で行動することによって、本当はやってはいけないことでも、
なんとなくオッケーな気分になってしまう群集心理。
 そして、一人で死ぬぐらいなら一人でも多く道連れを引きずっていこうという、“死なばもろとも”というナイスな特攻精神。
 …後の方は、俺の解釈だが。

 というわけで、どうせサボるなら腐れ縁たるダチの一人くらい巻き込んでサボろうという考えが浮かんだのである。
 これなら、なんとなく点数悪くても、ダチの方の点数さえ悪ければ気分晴れそうだし。

「おぉぅ、ナイスアイデア!」

 俺は、ポンと手を叩くと、さっそく机の上を片付けてから、外出着に着替えてから、こっそりと部屋を抜け出した。


                   *


「……と、いうわけで遊びに来た」
「アメリカだと不法侵入者は即撃ち殺しても罪にならないって、知ってる?」

 わざわざ庭からロープを使って二階の窓までよじ登り、窓から直接部屋へと遊びに入ったというのに。
 俺へとかけられた返事は、実に冷たいものだった。

 冷たい目…というか、半眼で俺を睨んでる女。
 氷川 彰、という。
 ヒカワ アキラと読む。
 彰、という名前だが、こいつはれっきとした女だ。

 長く伸ばした黒く艶やかな髪は腰に届くほどで、逆に肌の方は白く滑らか。
 睨み付けるような鋭い目つきも、かなりのところ、美人の部類に入る。

 しかし、今俺の目の前にいるコイツは、黒縁で分厚い、実に色気もセンスもない地味なメガネをかけている。
 さらには、ベージュ色の少し大きめのパジャマの上には、青いどてらを羽織っているのがなんとも野暮ったくて、
美人云々を全て台無しにしていた。

 そして、椅子の上で胡座をかいた上に、机に頬杖をつく姿は、いかにもだらしない。

「あいっかわらず、家の中じゃ色気の欠片もないな……」
「家の中でまで色気出してどうするのよ」

 相変わらず冷めた目のまま、呆れたように溜息をつく。

「学校じゃ、アレだろ? 普段の姿見たらファンの男共嘆き悲しむぞ」

 学校ではこの女は、コンタクトにセンスのいい(らしい)服装の着こなしで、クラスの男共の人気を欲しいままにしている。
 まぁ、学校じゃ頭からスッポリ猫を被ってるんだから、そりゃ人気もあるだろう。

「ああいうのは面倒くさいから、人前でだけしかやんないの」
「いや、今、俺、いる」

 自分を指さして、軽く自己主張をしてみる。

「なんでアンタに媚売らなきゃなんないのよ?」
「うを、冷た」

 まぁ、こういうヤツなのだ。
 ……だからって、今さら目の前で可愛い子ぶられても、コワいと言えばコワいが。

 ライオンが猫のフリしてじゃれついて来たとして、笑顔で頭を撫でてやれるヤツなど存在するだろうか。
 少なくとも、俺は無理だ。
 どんなに、猫のごとく愛嬌を振りまこうが、ライオンだと分かる以上、そいつはどうあってもライオンなのであって、
やっぱり猫ではない。

「……ふぁふ」

 不意に、アキラが欠伸を漏らす。

 目に涙を溜めながらも、なんともだらしなく大口を開く姿は、まさにライオンのソレではないか。
 うむ、やはりコイツは、可愛らしい猫とかの部類に入る生き物ではない。

 なんてことを考えながらじーっと見てると、心でも読まれたのか、じとっと睨まれた。

「……で、射殺されるか、それとも出て行くか、とっとと決めなさいよ」

 まだ俺を追い出すつもりだったらしい。
 よく考えたら、さっきからなに一つ説得もしてないんだから当然だが。

「………いや、なぁ。短い青春時代をもっと有意義に過ごそうぜ?」
「短い青春、今、終わらせてあげようか?」

 アキラが、手近なブロンズ像を手に取った。

「…その、なんでも手近にあるモノを掴んでブン投げる癖は、治した方がいいと思うぞ?」
「いいじゃない、アンタにしか投げないし、私のモノなんだから」

 そういう問題じゃない。
 っつーか、ブロンズ像、どう見てもちょっとした鉄アレイより重そうだ。

「…いや、待て。落ち着け」

 とりあえず、怒らせても仕方ないので、まずはゆっくりと怒りを冷ます必要がある。

「なによ?」
「受験勉強でイライラしてるのは分かるが、ホントにお互いちょっとした気晴らしになれば〜と思ってきただけで、
ケンカ売りに来たワケじゃないから、な?」

 俺は、つとめて落ち着いた声を心がけつつ返事を待つ。

 アキラも、さすがにそうまで言われて怒ってるのも大人げないと感じたのか、持ち上げていたブロンズ像を台に戻して、
ふてくされたような顔になる。

「…………………別に、勉強でイライラしてるワケじゃないわよ」
「それじゃ、アノ日か?」

 ブンッ ドガスッッ!!

「ぐあぁぁぁっっ!?」

 ブロンズ像の直撃を受けた俺はあえなく撃沈した。


                   *


「……うぅぅぅ、尖った部分が額に突き刺さった……なんか、
一瞬頭蓋骨にヒビが入るムービーが俺の脳内映像に挿入されたぞ……」

「下品なジョーク飛ばすからよ。殺すつもりで投げたんだから、生きてるだけラッキーと思いなさい」

 めっちゃ不機嫌な目で睨みながら、アキラは容赦のない言葉を俺に投げかける。
 まぁ、実際、血も出てないし、死ぬこともないとは思うが。

「うぅむ、まぁ、ジョークの内容については俺も少し反省している」

 どうも、下の方向のネタに関しては、この歳になるとなかなか扱いづらい。
 この辺りに関しては昔はラクだったなー、とか思いつつ、欠けることもなく床に転がってたブロンズ像をアキラに放る。

 手慣れた感じでキャッチすると、アキラはブロンズ像を元の場所に戻した。
 なんとなく、この手のやりとりは慣れてしまってるので、スムーズに体が動く。

 ……よく考えたら、それだけ俺がアキラにモノ投げつけられてるって事だが。

「……で?」

 ブロンズ像を元に戻すと、アキラは改めて俺の方に向き直った。
 モノ投げてスッキリしたのか、なんとなく機嫌がよくなっている気がする。

「…で、っつーと?」
「遊びに来たんでしょ? なにやるの?」

 機嫌よくなりついでに、遊ぶ件もオーケーになったらしい。
 まぁ、なんとなくそうなりそうな気もしてたんだが。

 しかしまぁ、まだ問題はあった。
 …というのも。

「ふっふっふっ…何を隠そう、何も考えてない」
「………アンタ、思いつきで行動してるでしょ?」
「当然だろ。人間は、思いつかないと行動には移れないからな」

 我ながら正論だ。

「でも、思いついた後は何も考えないで行動してるでしょ?」
「………まぁ、そのことは認めるが」
「それじゃ、ただの動物じゃない」

 むぅ、確かにその通り。敵ながら正論だ。

「…………で、アンタの馬鹿さ加減が証明されたところで。どうするの?」

 さも当然という顔で、アキラが続きを促す。
 ちょっと悔しいが、ここのところは認めるしかないので頷いておく。

「…うむ。ここは一つ、この部屋で適当に遊び道具を現地調達する方向でどうかと」
「なにもないけど?」

 まぁ、確かに、アキラの部屋には遊び道具らしいモノは何もない。
 勉強机に、参考書やらちょっと難しげな専門書やらが並ぶ本棚。あとはベッドと洋服ダンスぐらいで、
実はぬいぐるみの類も親戚にあげたとかで一つも置いてない。

「………む」
「なんかあったの?」

 ちょっとだけ期待を含んだ声で、アキラが俺の視線を追う。

「ベッドがあるじゃないか!」

 俺の視線の先には、言葉通りベッドがあった。

「………で……ど・う・す・る・の…?」

「いや、ベッドの下に入って忍者ごっことかね?」

 アキラの口調と顔がコワかったので、視線をあさっての方向に向けて、
つとめて無邪気な声になるように心がけつつ提案してみる。
 我ながら微妙に声が乾いていて、ちょっとビビり気味だ。

「だったら、窓からヒモ無しでバンジージャンプごっこでもする? 忍者なら大丈夫よ?」

 通じなかったらしく、アキラは微妙にマジ声で嫌な提案してきた。

 ぐぉ、なにか別の提案を速攻で見付けねばヤバげだ。
 焦る俺の視界に、ベッドの脇に放られた、一つの品物が映った。

「おお、いいモンあったぞ」

「……なに? 今度ヘンな下ネタとか口にしたらホントに窓から捨てるわよ?」

 本気の顔で睨みながら、アキラは俺の手の中のものを見た。
 途端に、納得した顔になる。

「……トランプね」
「うむ、トランプだ」

 俺の手の中にあったのは、一組のトランプだった。

 封は開けているが、カードはちゃんと仕舞われてるし、足りないカードも無さそうだ。
 カードの裏の柄は、何の変哲もない格子模様。
 コンビニでも売ってそうな、どこにでもある普通のトランプである。

「こいつで、勝負といこう」

 トランプを取り出して、軽くシャッフルしてみる。
 まだ新品なのか、曲がったカードもなくいい具合だ。

「なにやるの?」

「んー、……賭けポーカーでもやるか」

 賭けポーカーの勝負は、学校の男のダチとなら何度かやったことある。
 二人でやるのはちょっと地味だが、それでもババ抜きやら7ならべやるよりは、緊迫感もあるし楽しいだろう。
 ただのポーカーならアキラとだってやったことあるし、問題ないだろうし。

「いいけど、賭けるモノ持ってきてる?」

 確かに、それは忘れていた。
 さすがに隣の家に遊びに行くのに財布まで持ってきたりはしてない。

「んー…明日払いじゃダメか?」
「ダメよ。なんか借金させてるみたいで気持ち悪いし」

 金の貸し借りはダチとはしない…ってのは、俺とアキラの間に共通している信条だ。
 一度、俺がアキラから金を借りたことを忘れたことがきっかけで、
十年来の付き合いがパーになりかけることの大喧嘩をして以来のことだ。

 だから、この決めごとばかりは破るわけにはいかない。

「……まいったなぁ。じゃ、賭は抜きにするか…」

 と、俺が諦めかけたその時。

「…あるじゃない、賭けるもの」

 突如、アキラの目が不気味に笑った。

「な、なんだ? さすがに命とか魂までは賭けないぞ…?」

 なんかコワい笑いにビビりつつ答えると、アキラの指先が俺を指す。

「…………ふ・く」

「…は?」

「…服」

 その言葉の意味するモノに思い立ったとき、俺は驚愕した。

「……だ、脱衣ポーカー……か?」

「そう、それよ」

 何故か、ピキーン、とアキラのメガネが光った気がする。

「マジで?」

「真剣で」

 ニヤリ、と、アキラの目が笑う。
 獲物に狙いを定めた猛禽類の目だ。
 思わず気圧されながらも、俺の中に二つの思考が浮かぶ。

 すなわち、負ける可能性と、勝つ可能性。
 どちらか一つを選ぶ。

 それは、つまりは、負けた場合に訪れる未来と、勝った場合に訪れる未来の、その重さを秤に掛ける行為だ。

 負けたら、全裸で自宅へ帰る羽目になる。
 隣とはいえ偶然通りすがりの一に見付かったら大惨事だ。
 さらにそれがお巡りさんだったら人生レベルでゲームオーバーだ。

 しかし、勝ったら……?

 目の前で椅子に座るアキラは、服装こそ野暮ったいが、その下のボディは十分すぎるほどに魅力的である。
 特に、高校に入ってからの胸の成長はめざましいものがあり、パジャマの下の二つの膨らみは、
布越しにそのボリュームを遺憾なく主張している。

 ………一言でいうならば、アキラは巨乳さんだ。

 ゴキュリ。

 と、いうわけで、もはや選択の余地はなかった。

「よし、受けて立つ!!」


                   *


「ツーペアァァァッ!」
「…スリーカード」

「ストレェェートォォゥッ!!」
「…フラッシュ」

「スリィィカァァードッッ!!」
「…ストレート」

「フラァァァァァァッシュ!!!」
「…フルハウス」

「ワ……ワンペアァァァ〜〜〜……」
「…はいはい、泣かなくていいから。こっちブタだから一枚脱ぐわよ」

 アキラが、パジャマの上に羽織っていたどてらをひょいと脱ぐ。
 その仕草には色気も何もあったもんじゃない。

 しかも、着てるパジャマの布地は厚めだし、さらには少し大きめなせいで、
体の線が見えたりすることもなく、なんかとても色っぽくないし。

 ネグリジェだったら、今の一勝でも素晴らしい戦果だっただろうに……。
 それだけが、悔やまれた。

「なに、じろじろ見てんのよ」

 なんとかパジャマの上から戦果(というか色気)を得られんもんかと頑張って見てたら、アキラに半眼で睨まれる。
 仕方なく、俺は無駄な抵抗を止めた。

「むぅ…無念」

 こうなったら、次の勝利に祈るしかあるまい。

 幸い、敵は自室なので靴下なども着用してないので、次に勝てば確実に本体にダメージを与えることが出来る。
 そう、ことさら脱衣となると、自分のホームグラウンドで戦うのは、着用する衣服の数で圧倒的に不利なのである!

「フッ……戦う場所を間違えたようだな、アキラ」

 ニヒルに笑って、俺は再びトランプをシャッフルする。
 シュバッと五枚づつ、お互いの前に配ると、俺は残りのカードの山を中央に置いた。

「なんか盛り上がってるとこ悪いけど、間違えてるのはアンタと思うんだけど…」
「今勝ったからこれから昇り調子って事で解釈してくれ」

 相手は、残り4枚。
 この昇り調子に乗っていけば、間違いなく勝利まで辿り着けるはずだ。

 ……まぁ、俺の方は、なんだか靴下とジャケットと上着とズボンがすでに無いのだが。

 というか、後二枚でジ・エンドだ。

「アンタって、足の毛薄いわねぇ〜」
「見るなぁぁぁぁぁ」

 ううう、足に向かうアキラの視線がなんか痛い。

 俺は、恥ずいのをこらえて自分の手札を見る。

 ハートのQ、ダイヤの5、ハートの9、ダイヤの9,クラブの9

「フッ…………」

 俺は思わず、口元に浮かびまくりかける笑いを必死で堪えつつ、アキラの方を見る。
 別に面白そうでもなく手元に来たカードをより分け、要らないカードを捨てたところだ。

「……アキラ。お前さん、背中がすすけてるぜ…」
「意味まるでわかんないけど」

 俺の余裕のジョークを冷たく返しつつ、アキラは3枚、交換した。
 揃えた手札を、アキラは自分の手元に伏せて置く。

 一騎打ちってことで、一発交換で勝負するルールを採用してるので、これ以上交換する必要はないのだ。

 見たところ、アキラの手はそれほど強い手のようには思えない。
 3枚交換する、ということは、3枚は役でも何でもないブタだったということだ。
 ということは、残したのは、1ペアか、またはストレートかフラッシュ狙いの連番か同じスートのカード。
 しかし、後者は成功率の低さを考えると、それほど脅威ではない。
 1ペアだとすると、狙えるのはせいぜい、スリーカードか2ペアってとこだ。

 だとしたら、最悪でもこの時点ですでに引き分けに出来る。
 俺の口元が、無意識に笑みの形を作ってしまうのも仕方ないというモノだ。

「不気味な笑い浮かべてないで、とっとと交換しなさいよ」
「……おぅ、すまん」

 めっちゃ冷たい…というか、呆れたアキラのツッコミが入る。
 なんか気味悪がられた気がするのでちょっと反省。

 とりあえず、俺は手札の中からいらんハートの!とダイヤの5を捨てて、2枚のカードを手札に加えた。

 スペードの9と、スペードの4

「フフフフフフ……フハハハハハハハハハッ!!」

 フォーカードッ!!
 同じ数字のカード4枚からなる役ッ!!!
 ストレートフラッシュでも出さない限り、この役に勝つ手段はない!!

「……フッ、フフフフ……この勝負貰ったぞ」

 俺は、堪えきれない笑みを浮かべて、手札を自分の前に伏せた。

 後は、手札を開けば俺の勝利は確定する−−−−−−−

「ちょっと待った」

 …と、俺が手札を表にする前に、アキラが俺の手を止めた。

「なんだ? 悪いが、イカサマは使ってないし、待ったも無しだぞ?」
「そ〜じゃないけどね〜」

 ニヤリ、と、アキラが笑う。
 意地の悪い笑い方だ。
 悪女のような笑み……いや、コイツにそんな艶はない。
 どっちかっつーと、イジメっ子がなにかイジメのアイデアを思いついたって感じか。

「……じゃ、なんだ?」

 だからって、ここで無視しても話は進まないし、勝負も終わらない。
 嫌な予感を抱えつつ、俺は聞くしかなかった。

「賭のレート、上げない?」
「……上げるって、どうやって上げるんだ?」

 俺の疑問に、アキラがさらに笑みを深くしながら答える。

「当然、賭ける服の枚数を2枚にするのよ」
「…………ぬぅ」

 俺の着てる服は、シャツとトランクスしかもう残ってないのだが。
 いや、それが分かってて言ってるんだろうが。

「………イヤって言ったら?」
「べっつに〜? ちょっと今回自信ありそうだったし、せっかくだからサービスしようと思っただけよ〜?」

 アキラは自分の手札を指先で触れながら、俺の手札と俺を少し笑った瞳で見た。
 ……ぐぁ、なんかスゲェ怪しい。

「あ、やっぱやめとく? 私は別にいいけど?」
「…………待て」

 確かに怪しいが、俺に負ける要素はほとんどない。
 ここは………勝負に出ていい場面だ。
 間違いない。

 いやマジで。
 ………信じろ、俺。
 大丈夫だ!! なにしろフォーカードだぞ!!?
 普通に考えたら、一発交換のポーカーで、この役に勝つ方法なんざ無い!
 っつーか、普通、出ねぇしッ!!!
 俺はツイてるッッ!
 神が俺に味方して応援してくれているッッッ!!

 ………………………………………。
 ………………………………。
 ……よし、信じた。

「……オーケーだ。……それでいいだろう」

 俺は、ニヤリと笑い、静かな口調で勝負を受ける。
 なんとかビビりは押し殺せたらしく、むしろ余裕さえ感じさせる俺の返事に、今度は逆にアキラの目に動揺が走る。

「そっちから、見せてみろよ。……自信あるんだろ?」
「……そっちだって、自信ありそうじゃない?」
「当然さ」

 フッ…と俺は笑った。
 アキラも、いくぶん落ち着きを取り戻したのか、あわせて笑みを浮かべる。
 果てしなく白々しい笑みが交錯する。

 そして……お互いの、手札が開かれる。

 アキラの役は…………。



 フォーカードだった。



 げぇぇぇえええええええええええええぇぇぇぇッッ!!!?

 ンなアホな!!?
 普通、一発交換のポーカーでフォーカードなんてポコポコ出るかッッ!?
 バケモンかコイツはッッ!!!

 心臓の凍り付く展開に、気が遠くなる。
 いや、落ち着け……まだ、別に負けたワケじゃない。

 俺は、焦る心を必死で押さえながら、アキラの役を落ち着いて見る。
 アキラの前に置かれたカードは……。

 クラブのK、スペードの8、クラブの8、ハートの8、ダイヤの8。

 8の、フォーカード。

 俺のは、9のフォーカード。

「よっしゃあぁあああああああッ!!!」

 同じ役なら、数字の大きい方が勝つ。
 つまりは、俺の勝ちだった。


                   *



 視線を上げると、恨めしげな視線を、俺のフォーカードへと向けるアキラがいた。
 その視線が、ゆっくりと上がって、俺を見る。
 不条理な展開に怒り心頭なのか、アキラは俺をキッと睨み付けた。

「……フッ……俺の勝ちだな」
「イカサマしたでしょ」

 よっぽどムカついてるのか、アキラは半眼のまま、あらぬ疑いをかけてきた。

「する暇も技術もないし、そもそも俺のトランプじゃないし………まぁ、もし見逃していたとしたら、バレてないんだからイカサマじゃないだろ?」
「……ぐっ……確かに、その通りよ」

 そこで認めるところが、コイツのロクでもないところだが。
 そこでヒステリーにならないのは、不幸なことなのかも知れない。

 アキラは、しばし、床に置かれたままのトランプをじっと見た後。
 一つ、溜息をついて、立ち上がった。

「……分かったわよ」

 そう言って、もう一度深く溜息。

「ふっふっふっ、潔く負けを認めるとは、敵ながらあっぱれな心がけだぞ」
「………次、あんたが脱ぐときに渋ったら無理矢理脱がせてやる……」

 思わず腕組みしながら見物モードで声かけたら、アキラが凄まじい目つきで睨み返してくる。
 小動物なら速攻で視界から逃げ出すガンつけだ。
 いや、下手したら、その場で気を失って動かなくなってしまうかも知れん。

 しかし、こいつのガンつけに慣れている俺は、平然とそれを受け止めた。
 …………ちょっと、ビビりはしたが。

「……はぁ」

 しかし、アキラも自分の言い出したルールで負けた以上、異議を唱えることは卑怯だと悟ったらしい。
 もう一度、深い溜息を吐きつつ、睨み付けるのをやめた。

「…いーわよ。脱げば、いいんでしょ…」

 そう言うと、パジャマの前に指をかけ、ボタンを豪快にブチブチと一気に外して、上着をベッドの上に放り捨てる。
 豪快というか、色気も何もない脱ぎ捨てっぷりだ。

「…ぐぁ、ボタンをゆっくり一つ一つ外すのがいいのに……」

 思わず口に出した俺を、キッと睨み付けると、パジャマのズボンに手を掛けて、下まで一気に引き下ろす。
 そして、足下まで引き下ろしたズボンから左右の足を引き抜くと、床のズボンをひっつかんで、
上着と同じようにベッドへと放り捨てた。

 なんつーか、体育の着替えと同じレベルの脱ぎ方だ。

「………ズボンを脱ぐときは、生足をゆっくりと一本づつ見せていって欲しかった……」

 悲しそうに呟く俺を、アキラはほとんど殺しかねん勢いで睨み付けると、その場に足を組んで座り込む。

 イライラしてる顔付きで、トランプをかき集めると、カードをシャッフルし出す。
 とっとと勝負を決めて、下着姿から解放されたいんだろう。

 ………しかし、まぁ…。

 色気のない仕草をしていても、やはり、アキラはプロポーション抜群だった。

 白い肌は、いつも陽に肌を見せない長めの服ばかりを着てるせいか、艶めかしいほど白くて、それだけで、
じっと見るのが躊躇われる。

 そして胸元には、アキラが恥ずかしさのせいで思わず猫背になっているせいでブラに覆われた胸が左右の腕に挟まれ、
ちょっとした谷間が出来ていた。

 その膨らみの大きさは、たぶん俺の手の平にあまるほどのモンで……おそらく、Dカップはあるのではないだろうか。

「………大きくなったなぁ」

 気が付くと、俺は、思わずアキラの胸に語りかけていた。

「……………どこ見て話しかけてんのよ」

 凄まじい勢いでカードをシャッフルしていた手を止めて、アキラが俺を睨む。

「いや、あんまり立派に成長してたんで思わず挨拶が」
「………人の身体の一部と、勝手に意志疎通を図るなッッ!!」

 押さえていた怒りが爆発したのか、思わず絶叫に近いツッコミが入った。
 おお、なんか、額に血管が浮かび上がりかけている。

 そのままの勢いで、アキラは俺にトランプを投げ付けようとして……。
 なんとか、自制して止めると、俺の目の前と自分の前に、5枚づつのカードを配った。
 そして、押し殺したような声で告げる。

「…とっとと、勝負付けるわよ」

 目がかなりマジだ。よっぽどムカついてるんだろう。

 しかし、それでもモノを投げつけてこないのは、ゲームで負けた以上ゲームで勝負をつけようという、
アキラなりのプライドだろう。

 俺は、勝負を受けるべく、腕組みをしたまま鷹揚に頷く。

「うむ。巨乳万歳」

「…………………死ねッッ!!」

 ブンッッ!! ドガスッ!!

 あっさりキレたアキラの投げつけたブロンズ像の直撃を受けた。
 痛ぇぇぇ……が、それでも俺の口元の笑みは消えない。
 むしろ、静かな微笑を浮かべたまま復活し、頭にブチ当たったブロンズ像を床に置く。

「フッ……」

 なにしろ、目の前でDカップ(推定)が揺れているのだ。
 ブラに覆われているとはいえ、それだけで俺の心は仏の心となっていた。
 今なら、机を投げつけられても笑顔で受け止められる自信がある。

 まさに、悟りの境地に達していると言えよう。
 ある意味、今の俺は無敵だった。

「……勝負を、続けようか」
「……………その笑み、なんか凄いキモいんだけど」
「フッ…気にするな」

 アキラがなんか不気味なものを見る目で俺を見ていたが、このさい気にせずに俺は手元に配られたカードを手に取った。


                   *


 いや、手に取ろうとした。

 だが、運命のカードに俺の手が触れる寸前……。

「…アキラ〜〜〜? さっきからなに騒いでるの〜〜〜〜?」

 一階の階段から、アキラの母親の美都子さんの声が聞こえてきた。

 思わず硬直する。
 そういえば、時刻は深夜一時。
 俺もアキラも、さっきからモノを投げるわ悲鳴を上げるわ大騒ぎしてる。

 ……深夜にこれだけ騒いでれば、そりゃあ起きるだろう。

「………アキラ〜〜〜?」

 足音が階段を昇ってくる。

 ギャーーーーーーーーーッ!?

 さすがにこの状況で親に見付かるのはマズい。
 いくら隣の家の息子とはいえ、俺は玄関ではなく窓から進入した身の上だし。

 なにより、俺もアキラも見事なまでに下着姿だ。
 端から見たら、この状態はどう考えても………ナニしに来てるようにしか見えない。

 親が見たら、一目で血管が二三本はブチ切れそうな光景だ。

 そういえば、親父さんの趣味で、この家の和室には日本刀が飾られている。
 ついでに、猟銃まで飾られている。

 …………。

 俺の脳裏に、日本刀を片手に猟銃を連射しながら俺を追いかけるアキラの親父さんの姿が浮かんだ。
 無論、白装束で、頭には蝋燭を差している始末だ。

 死。……という言葉が頭の中にぼんやりと浮かんだ。

 猛烈な勢いで、冷汗が身体中に吹き出す。
 スゲェ、嫌な予感がする。

 俺は慌てて「なんとかしろ」とブロックサインをアキラに送った。
 アキラは、慌ててコクコク頷く。

「…あ〜…母さん、もうちゃんと寝るから、来なくていいって」
「ダメよ〜〜〜〜〜」

 ……ダメだった。

 階段を昇ってくる足音は、まるで止まらない。
 もはや、一刻の猶予もなかった。

 俺は、その辺に脱ぎ散らしていた服を適当にひっつかむと、半分開けたままにしてあった窓へと走る。
 手すりに結んだままのロープを片手で掴むと、窓の隙間へと身体を滑り込ませて、そのまま外へと逃れる。

 部屋を後にする瞬間、服やトランプを慌てて片付けているアキラの姿が目に映る。
 まだ下着姿のまま、慌ててベッドへと潜り込む姿は、なんか可愛い。

 ……うぅ、惜しいことした。
 最後にその姿を脳内に焼き付けておこう。

 そして、俺はそのまま、特殊部隊の如くロープを伝ってスルスルと庭へと降りていく。

 部屋の中の方から、扉を開く音が聞こえた。

「もうこんな遅くなんだから、ほどほどにしてもう寝なさい〜〜」
 とか、美都子さんの声が聞こえて、アキラが適当に生返事を返している。

 一つ溜息をついて、俺は庭から自宅へと帰っていく。

 まぁ、少し心残りではあったが。
 それなりの戦果はあったので、まぁ、よしとしておこう。

 だいたい…。

 どうせアキラと俺の腐れ縁のことだ。
 また遊ぶ機会なんて、いくらでもあるだろうし、な。


                   *


「…………あ〜あ」

 母さんを一階に追い返してから、やっと私は深い深い溜息をつくことが出来た。

 具体的に、何に対する溜息なのかはよく分からないけど。
 勝負が途中で終わりになってしまったのが、やたらに勿体なく感じた。

 とはいえ、アイツはもう、窓から飛び出して行って、部屋には私一人だ。
 今さら、あの勝負の続きなんてできっこないだろう。

「……ふぅ」

 今度は、小さく吐くような溜息。

 私は、慌てて潜り込んだベッドから這い出す。
 布団を被ってたので母親には気付かれずに済んだが、私の格好は未だに下着姿だった。

 こんな格好にしといて、すごすご逃げ去るアイツの根性の無さが気にくわない。
 だからって、根性があったらどうするのか、なんて聞かれても困るが。

 とにかく、朝になったら目立つので、窓の手すりにぶら下がっていたロープを回収して、
結び目を解いてベッドの下へと放り込む。
 明日にでも、ロープの方はアイツに回収に来させればいいだろう。

 その時に、今日の勝負の文句の一つでも言ってやろう。
 何通りか、アイツを言葉で追い詰める手段を思い浮かべてると、少しは気が晴れた。

「…ふ……ふぁふ」

 頬が緩みかけたところで、思わずアクビが出る。
 やっぱり、こんな深夜の時間になると、すぐ眠くなってくる。

 もう少し、明日のテストに備えて勉強したかったのだが。

「ま…寝るか」

 なんとなく、今から机に向かうのも勿体ない気がして、私は机の上の教材を片付けてしまった。
 明日のテストは苦手な教科というわけでもないので、問題はないだろう。

 そして、ベッドの下に慌てて隠していた自分のパジャマを引っ張り出す。
、そうして、私ははじめての忘れ物に気付いた。

「………む」

 アイツが上に羽織ってきていた、白いYシャツ。
 慌てて丸められてクシャクシャになっていたが、さっきまで着ていたものに間違いない。

 少しだけ鼻に近づけてみると、薄く汗の匂いがした。
 これが、アイツの匂いなんだろうか。

「………………」

 しばらく、じーっとそれを見る。

 部屋の灯りを消してから。
 私は、それを手に取ったまま、ベッドの中に潜り込んだ。

 そのまま、Yシャツを抱きしめるようにして、ベッドの中で丸くなる。
 自分でも頬が紅潮してるのが分かったが、どうせ誰も見てないんだから構いやしない。
 明日にでも洗濯して返せば問題ないだろうし…。

 ああ、我ながら、なんて恥ずかしいヤツだろうか。

 でも……。

 大事な遊ぶ時間を、途中で投げ出されたんだから。
 これくらいの戦利品ぐらいは、もらっても、バチは当たらないだろう。

 アイツといつも一緒に入れるワケじゃないのだし。
 私とアイツの二人きりで遊べる機会なんて、そんなにたくさんないんだから。


 END




あとがき
 パソコンが何度も壊れたり(Windowsの馬鹿野郎!)、仕事で色々とトラブルがあって出せなくなっていた、
いつぞやの読み物のお題の話を、今さらながら投稿させていただきました。

 データが消えちゃったのと、書きたいものが変わっちゃったのとで、
もともと書いてた話とはまるで別物の話です。
 なんかまぁ、幼なじみなんてそんな色気のある関係じゃないよなぁ……という話、
のような感じで。
ではでは、失礼いたします。