ELPOD
作・ゆーすけ


「う・・・嘘だろ」

俺は自分の運命を呪った。
中3のクラス替えのときだ。
『霧島 美佳』・・・俺と同じクラスにあの女の名前があった。

俺と霧島は小学校のときにも同じクラスだったことがある。
幼馴染なんて言うほど仲が良かったわけでは無い。
いや寧ろ最悪の関係・・・

あれは忘れもしない・・・忘れたくても忘れられない・・・小3の春のことだった。





俺は脂汗を流しながら授業終了のチャイムを待っていた。
強烈な便意が俺の下腹を襲っていたのだ。
チャイムまであと10分程だったか?
手を挙げて「トイレに行かせてください」と言うのが恥ずかしかったので、俺は我慢することを選んだ。
が・・・それがいけなかった。
アレは時としてこちらの意思など関係無く・・・本当にあっさりと出てくることがある。

「(え?)」

俺は心の中でそう呟いた。
堪えようとしてももう遅い。
尻の間から暖かいモノがもりもりと湧いてくる。
止まらない・・・椅子に座ったまま、ズボンの中にどんどんアレが溜まってゆく。

奇妙な感覚だった。
少しだけ腰を浮かせるとパンツが中のモノの重さで引っ張られるのが分かる。
再び腰を下ろすとソレがお尻に潰されて形を変えるのが分かる。

「(どうしよう、どうしよう)」

頭の中がパニックになる。
俺はその後の自分がとるべき行動を必死で考えた。

「(授業が終わるのを待って、素知らぬ顔でトイレに行こう)」

それがベストだと思った。
が、その作戦は脆くも崩れ去った。
俺の後ろの席に座っていた女の子・・・霧島美佳が突然泣き出したのだ。

「変な匂いがする」「我慢できない」って・・・

そのくらいのことで普通泣くか?
俺はそう思った。
泣きたいのはコッチの方なんだ!
しかしそのときの霧島は『天然』だった。
嫌がらせでもなんでも無く・・・『得体の知れない悪臭』に我慢が出来なくて泣き出したのだ。

俺は無視した。
黙っていれば気付かれないと思っていた。
いや、気付かれないよう祈った。
目を瞑って必死で祈った。

しかし霧島はいつまでたっても泣き止まない。
騒然とする教室。
俺は騒ぎのど真ん中で、ただ縮こまってじっとしていた。

「花山君?・・・ちょっと先生と一緒に来てくれるかな?」

先生の手が俺の肩に乗せられた。
俺は俯いたまま渋々立ち上がった。
先生に手を引かれて教室を出るとき、後ろの方から「ウンコ、ウンコ」と囃し立てる男子の声が聞こえていた。

次の授業の始め・・・俺は体操服に着替えて教室に戻ってきた。
誰がどう見たって『お漏らし野郎』であることは疑いようがない姿だった。

その日を境に霧島の性格が一変した。
霧島はそれまでは割と大人しい女の子だった・・・と思う。
それが例の騒ぎを切欠にして一躍クラスの中心的キャラクターになっていた。
同時に俺もクラスでは有名人になれた・・・全く逆の意味で。
一方は悲劇のヒロイン、一方はその女の子を泣かせた悪者・・・しかも『ウンコ漏らし』。
それからというもの、霧島はクラスの男子女子を先導して『ウンコ漏らし対策委員会』なるものを結成し、
毎日のように俺をからかって遊んだ。
休み時間だろうが授業中だろうがお構い無しだ。
結局俺はその後『ウンコ漏らし』として屈辱の1年間を過ごす羽目になったのだ。

今思うと『なぜ花山君を虐めるのか』などという議題のホームルームが開かれなかったことは幸いだったと言えよう。





中3。
中学最後の年。
高校受験を控えた大切な年だ。
その年の1学期が始まって約半月が経過していた。
霧島に動きは無かった。
彼女にとっても大切な時期だ。
流石にあんな昔のことを持ち出したりして・・・わざわざ俺なんかに構っている暇は無いか。
そう思いはじめていた・・・
そんな矢先のある日のことだった。
俺は廊下を歩いていて偶然1人の女子生徒に肩をぶつけてしまった。

「あ、ごめん・・・」

俺は普通に頭をペコリと下げて謝った。
が、その女生徒の反応は普通ではなかった。

「きゃっ、やだーーっ!」

女生徒は大げさに悲鳴を上げながら俺から飛び退いた。
俺は何がどうなったのか全く分からなかった。
どこか怪我でもしたのかと思って声を掛けようと近づくと・・・

「やだ、ちょっとコッチ来ないでよ・・バカ!」

女生徒は酷い顔で俺を睨みつけると、それだけ言い残して逃げるように去っていった。
そのとき俺は、胸の中にとてつもなく嫌な古い記憶が蘇ってくるのを感じていた。

次の日から目に見えて変化が現れた。
俺に対する一部の女子の反応・・・

まず、俺に近づかない。
遠巻きに俺を見ながら数人で集まって、なにやら小声で言い合ってクスクスと笑う。

廊下などで俺とすれ違うときは、あからさまに手で口を覆って足早に脇を通り過ぎる。
そして俺と十分に距離をとってから「はぁはぁ」と息をする。
『これみよがし』に・・・だ。

例えば俺が後ろの席にプリントをまわすとき・・・
受け取ったプリントを嫌そうな顔をして指の先で摘まみながら後ろの席にまわす。
ときには受け取ったプリントを隣の列の子のものと交換したりする。

そして、そういったとき彼女達はとても楽しそうな顔をするのだ。





昼休み、俺は弁当を平らげて友達と世間話をしていた。
少し離れたところ、霧島の席に数人の女子が集まってワイワイ騒いでいたのだが、俺は努めて気にしないことにしていた。

霧島達はこのクラスではまだマイノリティーだ。
男子学生の間では俺が霧島達から嫌がらせを受けているなどという風には全く思われていない。
だから俺は男友達と接するときは、そんなことはおくびにも出さないようにしている。
わざわざ自分から虐めに遭っていることを自己申告をするつもりは無い。
大の男が女子にからかわれているなんて、みっともないと思ったからだ。

しかし男友達と話をしていても、つい霧島達の話題が気になってしまう。
俺は何となく彼女たちの話声に耳をそばだてていた。
すると

「ピンキーちゃーん♪」

霧島の席に集まっていた女子の1人が確かに俺たちの方に向かってそう言った。
俺が彼女達の方を振り返ると顔を合わせてクスクス笑う。
俺の前に座っている男友達も怪訝な顔をしている。

「なんだ?あいつ等・・・」

「し・・知らねーよ・・・ほっとこうぜ」

俺は気にしていない振りをして会話を再開した。
しかし内心ではひどくうろたえていた。

「(ピンキーちゃん?・・・それってもしかしてアレのことか?
  いや・・・でもあいつ等が何で??)」

暫くして休み時間が終わり、授業開始のチャイムが鳴った。
各々自分の席にもどっていく・・・
と、それまで女子生徒の陰になって見えなかった霧島の机の上に見覚えのあるものが置かれているのに気が付いた。

「(あっ、あれは!)」

彼女はすぐにソレを机の中に仕舞ったが、俺は確信していた。
・・・あれは俺の小学校の校内新聞だ。

俺の予想が正しければあれはには俺が昔書いた四コマ漫画が載っている筈だ。
タイトルは『ピンキーちゃん』。
俺が人に漫画を見せたのは後にも先にもその1回だけだった。
と言うか、もともと絵心も無いし、たまたま友達に頼まれて冗談半分で描いたものだった。
内容なんてそれこそいい加減なもので、俺自身全く憶えていない。
が、それを今更他人に見られるのは我慢できない。
恥ずかしくて死にそうだ。

「(くそっ、アイツわざわざあんなものまで持ち出しやがって!!)」

霧島の攻撃はそれからも続いた。

今度は卒業文集・・・それから運動会の写真。
俺をからかう為のネタを次から次へと引っ張り出してくる。

何なんだ、アイツ?
俺をからかう為だけにどうしてそんなにエネルギーを使えるんだ?

俺のことを恨んでる?
いや、それならあんなに楽しそうにする理由が分からない。
アイツの場合、俺をからかうのがまるで生き甲斐のようだ。

もしかしたら本当は誰でも良かったのかも知れない。
男子の中から適当なのを1人ターゲットに決めて、そいつをネタにして皆で一緒になってからかう。
ターゲットを俺に決めたことで彼女は情報(からかうネタ)を他の子よりも豊富に用意できる。
だから彼女はグループの中でリーダー的存在になれる・・・そう、小学校時代のあの頃と同じように。





2ヶ月が過ぎた。
相変わらず霧島を中心とした女子の一団の俺に対する嫌がらせは続いていた。
そしてそのグループは徐々に拡大していた。
もうクラスの4分の1・・・つまり女子の半分は俺の敵だ。
まあ、そのこと自体は別にいい。
ある程度覚悟はしていたことだ。
だが、ほんのちょっとショックなこともあった。
それはグループの中に『松本智香』が居たことだ。
俺は去年から密かに彼女に想いを寄せていたのだ。

彼女は特別かわいいというわけではなかったが、真面目で優しい子だ。
それが今は霧島達とつるんで俺をからかっている。
俺は信じられなかった。
きっと本人はそれほど乗り気では無いのだろう。
少なくとも俺の目には彼女が霧島達と一緒に居て楽しそうにしているようには見えない。
おそらく気の強い霧島達に誘われて断り切れなかったのだろう。
・・・俺はそう思うことにした。
だが、それでも俺は耐えられなかった。
霧島が憎い・・・アイツさえ居なければ!!
いつしか俺は霧島から嫌がらせを受ける度に妄想の中であいつ等を犯すようになっていた。





それはある日の体育の授業の最中だった。
俺は忘れ物を取りに教室に戻っていた。
そして自分の机の中をゴソゴソ漁っているときに教室のドアがガラっと開いた。

「うわ・・何やってんのよ、花山!?」

女子生徒だった。
そして俺の姿を見るなり怒鳴り声を上げる。

「やだ・・アンタ、女子の制服とか盗もうとしてるんじゃないでしょうね?!」

「し、しねーよ、そんなこと!俺はただ忘れ物をとりに戻っただけで・・・」

俺はすぐさま言い返した。
が・・・

「じゃぁなんで美代子の机漁ってんのよ!」

「え?!」

しまった!
そう言えば席替えをしたばかりだった・・・
俺はうっかり他人の机を自分の机と間違えていたらしい。

「いや・・その、違うんだ・・・コレは・・・」

狼狽して口調がしどろもどろになる。

「皆を呼んでこなくちゃ!・・・待ってなさいよ、この変態!」

「おい!待てよっ、違うんだって・・ほんとに!」

俺はその子を呼び止めようとしたが、彼女は俺に背を向けて走っていってしまった。

まずい・・・コレは非常にまずい。
まさに墓穴を掘ったってやつだ。
この後あいつ等に何を言われるか想像に難くない。。
コレをネタにまた散々からかわれるのだろう・・・そう思った。
が・・・しかし、俺の想像は間違っていた。
今回ばかりはそんな生易しいものではなかったのだ。





『先生に報告する前に一応言い訳を聞いてあげるから屋上に来なさい』
そういう文面の手紙を渡された。
放課後・・・俺はバカ正直にそれに従って屋上に出向いた。
素直に弁解をするつもりだった。
彼女1人なら、ちゃんと話せば解ってもらえる・・・そう信じていた。
だが、それが甘かった。
屋上の扉を開けるとそこには既に10人近くの女の子達が待ち構えていた。
『私刑(リンチ)』・・・とっさに俺の頭にその言葉が浮かんだ。
まぁ、できればここに来る前にそのことに気付くべきだったのだが・・・

さて、どうしようか?
今更逃げ出すわけにも行かない・・・よな?

俺が黙って突っ立っていると霧島が口を開いた。

「そう言えばさぁ、花山・・・コイツって小4の時にも体育の授業中に1人で教室戻ってさァ・・・」

霧島のやつ・・・どうやらまた余計な話を持ち出して俺をからかうつもりらしい。

「え?なになに?」

取り巻きの1人が霧島の話に興味を示し、話の続きを促す。

「教室で飼ってた金魚のエアポンプ・・・だっけ?あのブルブルするヤツ。
 コイツったら、それにチンチン押し当ててオナニーしてやんの!」

「(・・・!!)」

「うわーっ、マジ?それ・・・つーかソレって気持ち良いの?」

「知んなーい、振動するもんなら何でも良いんじゃないの?アハハ・・・」

まさか・・・アレを見られてたのか?コイツに・・・
小4・・・だったのか?俺はちょっと詳しくは覚えていないが・・・
でも、だとするとそのときは俺と霧島は別々のクラスだった筈だ。
霧島の執念だったのだろうか?
まさかそんな特ダネまでスクープされていたとは知らなかった。
俺は頭から血の気がサーっと引いて、目の前が真っ暗になっていくような気がした。

「そうだ・・・智香さぁ、アンタさっきケータイ教室に置いてきてたって言ってなかった?!」

「あー・・・ソレもうコイツのオナニーに使われちゃってるよ?きっとぉ・・・」

そう言った女の子の顔は、嫌らしくニタニタと笑っていた。

「うわっ、きったな!・・・そんなの捨てちゃいなよっ、智香!」

また別の女子が話に乗り、松本さんにけしかける。
そして・・・

「あ・・・」

松本さんのポケットから素早く彼女のケータイを取りあげて地面に放り投げた。
松本さんはその場で固まってしまっていた。
事態が飲み込めない・・・そういった感じだ。
ただ、呆然と床に転がった自分のケータイを見詰めている。

「智香さ、新しいケータイ買いに行こっか?アタシ選んであげるよ♪」

さっき松本さんのケータイを取り上げた女の子が彼女の耳元で優しく囁いた。

「あ・・・うん。・・・・ありがと」

松本さんは苦笑いを浮かべながら小さく返事を返した。

「ホラ、あんた何ぼさっとしてんのよ!金払いなさいよ・・・智香のケータイ使えなくしたんだからね」

そしてその女は今度は俺に向かってそんなことを言い出した。
勿論俺は怒って言い返す。

「はぁ?何言ってんだよ、俺そんなことしてな・・・」

が、俺が言い終わらないうちに彼女が畳み掛けてくる。

「ふざけんなっつーのよ!智香がかわいそうでしょ?
 それとも先生にチクられたいの?!」

「・・・・・・・」

「エアポンプ・・・」

誰かがボソっと呟いた。

くすくすくす・・・

誰からとなく失笑が漏れる。

「アンタのあだ名『エアポンプ』に決定」

それまで黙って成り行きを見ていた霧島が突然そんなことを言い出した。

「うわ美佳止めてっ、それサイコー。
 おもしろすぎだから!」

「やだー」

「なにソレ?」

「あははははは・・・」

失笑のさざ波が爆笑の渦へと変わるる。
その中心で俺はズボンのポケットの中で拳を握るのが精一杯だった。

「あ!エアポンプってば、早速オナニーはじめてるぅー」

え?

「ほんとだ、ポケットの中に手突っ込んでチンポ握ってる・・・」

「んなことしてねーよ、バカ野郎!!」

「えー、どうかなぁ・・・それなら証拠見せてみなさいよぉ」

いつしか放課後の屋上は異様な空気に包まれていた。
1人の気の弱い男と、それを取り囲むように居並ぶ10人程の女。
あの手この手で蔑み、嘲笑を浴びせ、彼女等は互いにある種の優越感と連帯感を共有し、気分を高めていった。
それはともすると一昔前に学校で流行った『コックリさん』等にも通ずるものがあるのかもしれない。
兎に角も、そのとき、その屋上という空間は現実に在って現実で無い・・・『異世界』と言っても良いものになりつつあったのだ。

だからソレはごく自然な成り行きとして彼女達に受け入れられた。

「コイツを剥いて確かめれば良いじゃない!」

ただ1人それを受け入れられない者・・・それが俺だったというだけの話。

「うわっ!バカ、やめろって・・・クソっ、放せ!!」

情けないことだが、俺はたった5人かそこらの女子によって地面に組み伏せられ、あとは叫ぼうが暴れようが、
彼女達の成すがままという状態だった。
俺を押え付けている女の子は、それぞれ自分の股に俺の腕なり足なりを挟むような格好で乗っかっている。
そうやって体重を掛けて押さえ込むのが彼女達にとって最も効率的であり、また姿勢としても楽だったからだ。
一方で俺はと言えば、彼女達の太股や股座の柔らかい感触を四肢で感じとり、嫌でも興奮が高められてしまう。
だから俺は、屋上のコンクリの地面の上に大の字にされながら、ズボンの中央にこんもりとテントを張ってしまうのだった。
そしてそれを見た女子の間からは歓喜とも悲鳴ともとれる黄色い声が上がった。

「ほーら、やっぱり勃起してるじゃないのよ。
 ・・・夏美、ソイツのズボン脱がしちゃいな」

「ハーイ♪」

夏美と呼ばれた背の小っちゃい子が元気に返事をして俺に近づいてくる。
そして「よいしょっ」と掛け声をかけながら俺の股間の辺りにしゃがみ込むと、
もたつきながら俺のベルトをかちゃかちゃとやり始める。

「マジ、冗談じゃねえって!やめろ・・やめろぉっ!!」

俺は首を曲げてその女の子に言った。
短いスカートの裾から白いショーツと太股が見えた。

「美佳ちゃん、パンツも取っちゃう?」

「当然でしょ」

女の子のショーツに目を奪われていた隙に、俺は既にズボンを下ろされおり、最後の砦たるトランクスさえも今や風前の灯火・・・

「ごかいちょーっ♪」

・・・・・・・・・・・・。

股間が冷たい外気に晒された。

見られた・・・ついに俺は公衆の面前に男の大事な部分を晒してしまった。
晒された・・・辱めを受けた・・・同級生の女子数人に、好奇の目で見られている。
誰も声を発しない。
おそらく、ここに居る全員が息を呑んで俺の股間に注目している。

「左に曲がってる・・・」

1人が沈黙を破って呟いた。

「ぶっ!」

それを聞いて誰かが噴き出した。

・・・そう、俺のペニスはかなりの勢いで左に傾いていた。

「てか・・それ以前にホーケイだし」

また別の誰かが言った。
・・・必死に笑いを堪えながら。

多分そのとき他の皆も同じこと思っていたのだろう。
ただ、何分あまり実物を目にする機会がないものだから、自分の中の知識と『目の前のソレ』
を比較して正確にドッチがどうと言い難かったのだ。
だが1人が言い出してしまえば後は簡単だ。
・・・自分と同じ意見の者が居る。
・・・自分は正しい。
・・・皮を被って左斜め45度に傾いているこの男のペニスが間違っている。
と、そういうロジックが瞬時に構築される。

そして少女達は俺に・・・主に俺のペニスに・・・「汚い」「気持ち悪い」等の罵声を浴びせながら、
しかし徐々にその包囲網を狭めていった。





顔がある。
見上げた俺の視界を覆い尽くさんばかりの少女たちの顔。
どの顔も逆光になって暗く陰が射している。
だからこちらからは顔色が読み取れない。
ただ、興奮して荒くなったその息遣いのようなものだけはわかる。

俺のペニスを覗き込みながら1人が言った。

「コレ触ってみたい人ー?」

「やだー」とか「しんじらんなーい」とかお決まりの台詞が囁かれ、またもやくすくすと笑い声が漏れる。

そのうちに

「あんた行きなさいよ」と誰かの背中を冗談半分に押す者が出てくる。

「え?・・や、ちょっとアタシは・・・」

松本さんが困った顔をしている。
どうやら冗談で振られたのを上手く流せなかったようだ。
この中では気の弱い松本さんは不利だった。
高まって溢れ出したフラストレーションが彼女という『窪地』目指して一気に流れ出す。

「そう言えばさぁ、智香前に花山のこと『結構良いな』とか言ってなかったっけ?」

「!!」 

今コイツ何て言った?
松本さんが俺のことを?

「やだ・・・ソレって随分前のことじゃない。・・・今は全然そんなこと思って無いよぉっ」

松本さんが少し赤い顔をしながら慌てて否定する。
変なことを言われて恥ずかしくて仕方無いといった感じだ。

「でもさ、せっかくだから触っといたら?こういうのも経験?・・じゃん」

「やだー♪美佳、ソレって超オヤジ臭くない?あははっ」

皆男の生殖器に興味津々。
しかし自ら手で触れるのは躊躇われる。
だから無意識に自分達の中でまた一番順位の低い者を決めて、その者に自分達の代わりをさせる。

「手で触るが嫌だったらさ、その辺に落ちてる棒とかで・・・」

「あーっ!割り箸発見♪」

さっきの小っこいのが、・・・誰か屋上で弁当でも食べたのだろう・・・使い捨てられた割り箸を拾ってきた。

「いやっ・・・汚なぁ・・・」

誰かが小さな声で言った。

くすくすくす

だが誰もそれを止めようとはしない。
どうせペニスを触るのも彼女、汚い割り箸を使うのも彼女・・・自分達は見ていればいいだけなのだから。

やがて覚悟を決めた松本さんが割り箸を構えておずおずと俺の股間に箸を伸ばしてきた。

「や・・やめて・・・」

思わず俺の口から弱々しい悲鳴が漏れた。
箸が触れる瞬間、彼女は目を閉じて顔を背けた。

「ぐあっ!」

箸がペニスの『カリ』の下辺りを捉えた。

「嫌っ!!」

その瞬間、松本さんはビックリして手を放した。

「痛っ!!」

箸がカリ首に引っ掛かって、そのまま強い力で持っていかれる・・・
一瞬亀頭がすっぽり抜けてしまうのではないかと思った。

松本さんの手から割り箸が落ちる。

「きゃはははは」

ギャラリーから一斉に歓声が上がる。

「だめじゃない、智香ったら・・・そんなに乱暴にしたら花山がかわいそうでしょ?」

笑を噛み殺しながら誰かが言った。
松本さんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。
その松本さんに向かってさらに酷な注文が浴びせられる。

「ねぇねぇ、智香ぁ・・・その皮剥いてみてよ」

「・・・・!」

俺と松本さんが同時に息を呑んだ。

「あっ、見たい見たい!」

すかさず他の誰かが追い討ちを掛ける。

「剥ーけ、剥ーけ、剥ーけ♪」

とうとう手拍子を交えた大合唱が始まる。

「・・・・・・・・・・」

松本さんは俯いたまま固まってしまい、ピクリとも動かない。

「ちょっと智香ぁ?もったいぶらずにさっさとやんなさいよ!」

霧島がイラついた声で松本さんに言う。

「・・・そ、そんな・・・だって・・・」

松本さんは既に泣きそうになっていた。

「言うこと聞かないんだったら、明日からシカトだかんね」

霧島が冷たい声で言い放つ。

「っ!」

松本さんは急に立ち上がると、出口へ向かって走り出した。

「待ちなさいよ!アンタどこ行くつもり?!」

霧島が松本さんの手を捕まえる。

「嫌ぁ!放して・・・・こんなのもう嫌っ!!」

松本さんは泣きながら必死でその手を振り解こうとする。

「ちょっと、皆!手貸してよ!」

その声に数人の女子が松本さんの周りにわらわらと集まる。

「嫌ぁぁぁぁ、放してぇぇぇぇぇ!!!」

そして松本さんの体はすぐに押さえ込まれてしまった。

「ちょっと、恭子・・・智香のスカート取っちゃってよ」

松本さんの足を押えていた女の子に霧島の指示が飛ぶ。

「え?!」

松本さんが目を大きく見開いて驚きを露にする。

「そうすれば逃げられないでしょ?」

「あ、そっかー、美佳あったまいいー♪」

「いや、いや・・いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

松本さんが力の限りに足をばたつかせて抵抗する。
が、あっけなくスカートは剥ぎ取られてしまった。

「ねぇねぇ、ついでにショーツもとっちゃおっか?」

スカートを剥ぎ取った女の子はそう言いながら、もう既に松本さんのショーツに手を掛けていた。
それを見ていた1人がとんでもないことを言い出した。

「そおねぇ・・・ついでだから今ここで2人にセックスさせちゃったらどう?」

心臓がドクンと大きく鳴った。
・・・途中からそんな流れになるんじゃないかという気はしていた。
場の雰囲気はもう留まる所を知らない感じだ。
行き着くところまで・・・俺はこんなところで、沢山の女の子の好奇の目に晒されながら童貞を失うことになるのだろうか?

が、そのとき意外な人物から反対の声が上がった。

「ちょっと待ちなさいよ、誰がそんなことしろって言ったのよ!勝手なことしないで!」

・・・霧島だった。

「美佳・・・あんた今更何言ってんのよ」

「そうだよ、面白そうじゃん。やらせちゃおう?」

俺と松本さん以外誰も霧島のその意見に従おうという者はいなかった。

「うるさいわね、ダメなものはダメなのっ!アタシの言うことが聞けないの?!」

霧島がムキになって大声で怒鳴る。
その途端、場に急に白けた空気が流れた。

「あのさぁ・・・前から言おうと思ってたんだけどぉ・・・」

「美佳、アンタ何様のつもり?」

その場の全員が霧島に敵対の意を示した。

「!?」

霧島の表情が変わる。

「な・・なによ、ソレってどういう意味?
 ・・・花山を虐めるときはアタシがリーダーでいいんでしょ?・・・なんか文句あるわけ?」

霧島は周りの者の顔色を伺いながら、それでも強気の態度を崩さずにそう告げる。

「はぁ?『リーダー』?・・・なにそれ。
 アタシは別にストレスの捌け口にさえなれば何だって構わないんだけどぉ?」

「てかさぁ、美佳・・・アンタ何でそんな花山に拘るわけ?」

皆の攻撃目標が徐々に霧島に移ってゆく。

「もしかしてさ・・・美佳ってホントは花山のこと・・・」

1人がニヤニヤしながら霧島をからかうような発言をした。

「なっ!?・・何言ってんよ、馬鹿じゃないの?!」

霧島は反射的にその女に飛び掛った。

「きゃっ!?」

飛び掛られた女が悲鳴を上げる。

「ちょっと、美佳!なにムキになってんのよ!!」

霧島に対して非難の声が上がる。

「あーあ、つまんない・・・・アタシ1抜けたーっと」

「あ、アタシも・・・」

「待って、アタシも抜けるぅ」

「じゃぁね・・・美佳。あとは花山と2人でごゆっくりどうぞー♪」

1人・・・また1人と興味を失って屋上を去ってゆく。
霧島は悔しそうに歯を食い縛ってそっぽを向いたまま立ち尽くしていた。
そしてとうとう屋上には俺と松本さんと霧島の3人だけになっていた。

松本さんは無言で立ち上がると、スカートを穿いてコチラを一瞥した。
そして一瞬だけ、俺の顔を見て何か言いたそうな目をしたが、結局何も言わずにその場を後にした。

「霧島・・・」

俺は地面に落ちていたズボンを手繰り寄せ、股間を隠しながら霧島に声を掛けた。
すると霧島はギロリと俺を1度睨むと

「死ね!・・・エアポンプ!!」

腹の底から搾り出すような声でそれだけ言うと、クルっと踵を返して屋上を出ていった。

ぎぃ・・・と閉まる重たい屋上のドアを見詰めながら、俺は何とも言えない複雑な心持ちでそれを見送った。





その1件以来、クラスの女子による俺への嫌がらせはパタリと止んだ。
いや・・・正確には『無視』という虐めがずっと続いていたが、前に比べれば別段どうということはなかった。
俺が気にしなければそれで済むのだから・・・
ただ、唯一霧島だけは気が付けばいつも俺のことを恨みを込めて睨んでいた。
腹の中では一体どんなことを考えているのだろうか?
自業自得とは言え、いっぺんに仲間を失い、残るは俺への逆恨みだけ・・・
新しい虐めのネタでも探しているのだろうか?
いつかまた俺を虐める日の為に・・・

「空しい奴・・・」

俺は1人ボソリと呟いた。





人生とは分からないものである。
婆さんが持ってきた見合い話。
相手はあの『霧島 美佳』だった。

あれから10年以上経った今となっては流石にもうあまり気にはしていない。
俺は興味半分で会うだけ会ってみた。

・・・霧島は綺麗になっていた。
当時は顔中にニキビだらけで、可愛いとか可愛くないと言う以前の問題だった。
ハッキリ言って眼中に無かった。
が、今の彼女は素直に綺麗だと思った。
あくまで外見だけの話だが・・・

「それじゃ、後は本人同士で・・・」

「お互い昔の同級生らしいから、きっと積もる話もあるでしょうし・・・」

ウチと向こうの親がお決まりの文句を言って早々に席を立った。
そして程なく2人きりになった俺たちは・・・まぁ、当然のように当時のことを語り始めた。

「あ・・あのさ、覚えてるよね・・・
 昔アタシがアンタのこと苛めてたの」

「・・・・ああ」

「あれさ・・・なんて言うの?
 気になるから逆に苛めちゃうっていうか・・・アハハ、ゴメンね」

それはあまりにも陳腐な言葉だった。
漫画やなんかではよく聞く話だ。
だが、それが自分のこととなるとバカバカしくて聞く気にもなれない。
霧島の言ってることが本当か嘘か・・・またしても俺をからかっているだけなのか・・・
そんなことは別として・・・ただ俺は正直『白けた』。

つまらない。
くだらな過ぎる。
そんなありきたりなオチを俺は期待していない。

「本当にあの時はゴメンね。アタシその・・・なんて言うか・・・素直じゃなくて・・・」

霧島は若干俯き加減にはにかみながら言葉を続けた。
そんな霧島を俺は何の感動も抱かずに只無言で眺めていた。

霧島は口では詫びつつも顔には反省の色は全く伺えなかった。
『そんな昔のことを根に持つような奴が居る筈が無い』
『居たとしたらソイツの方がどうかしている』
とでも言いたげに・・・

ああ、悪かったな。
やっぱり俺は今でも気にしてるよ!
心の狭い人間だよ!

「あの、もしよかったら付き合ってもらえないかしら?」

霧島はちょっぴり頬を染めつつ顔を上げてそう言った。
だから俺は飛び切りの笑顔でもってそれに答えてやった。

「うるせー、ブス。寝言は寝て言え」




END


あとがき
前回に引き続き「受け」専門でいってみましたが、どうだったでしょうか?

・・・なんつって。
不快ですよね?
そうですよね・・・(汗)

『いじめ』・・・良くないです。
皆さんやめましょう。

『いじめ、かっこ悪い』

公共○告機構でした。(ぉぃ)