ヘルミンス2
作・ゆーすけ

第一話 第二話 第三話

登場人物

大神 仁(おおがみ じん)

主人公。
TVに出てくるようなヒーローに憧れるちょっぴり夢見がちな16歳。

捻くれた性格と素行の悪さが災いし、どこへ行っても嫌われる。


亀田 駿平(かめだ しゅんぺい)

殴られる少年。




第一話 ヒーローになれなかった男



今から7年ほど前…
ベッドタウンとしてこの町の開発が急速に行われ、周りの町から徐々に住民が移り住んできていた、そんな時期。
できたばかりの小学校はまだ1学年1クラスとか2クラスくらいしかなかった。
当然遊ぶ友達も限られてくる。
この状況の中で仲間はずれにされるということは恐ろしいことだった。

「ジン君は怖い」

ある日を境に大神仁(おおがみ じん)という少年はクラスの仲間から距離をおかれるようになった。

原因はクラスメイトの突然の死。
不可解な事件だった。
何か強い力で首を捩じ切られたようにして死んだ…ということしかわからない。
被害者を含む数人の児童は家の中で普通に遊んでいただけだったという。
一緒に遊んでいた子供達は皆パニックに陥った。
結局まともな証言が得られないまま捜査は打ち切られることとなった。

事件後、子供達の間にある噂が広まった。

「ジン君は超能力を使う」

事件前日TVで超能力の特番が組まれていた。
当日子供達はその話題で持ちきりだった。
そして自分達もスプーン曲げに挑戦しようという話になった。
ところが曲がったのはスプーンでは無く少年の首…
子供達はそれを超能力の仕業だと思った。
そしてそのとき唯一スプーン曲げを成功させた少年…大神仁が犯人にされた。

こうして仁という少年は皆から恐れられ…蔑まれ…孤立してゆくことになった。

少年はTVゲームやアニメに没頭していった。
誰も一緒に遊んでくれないのでそうするしかなかった。
しかし少年は寂しいとは思わなかった。
話題の中心に居ること…良い噂であれ、悪い噂であれ、彼の中で彼はヒーローだったのだ。





学生1「おい大神、俺の宿題やっとけよ」

バサッ

見るからに柄の悪そうな男子生徒が仁の机の上に無造作にノートを置いた。

仁「…」

仁は不機嫌そうに男子生徒を睨んだ。

学生1「ああ?文句あんのかテメー!」

男子生徒は凄みを利かせて仁を睨み返す。
しかし仁は相手を無視すると、自分の鞄をとって席を立った。

学生1「てめぇこらぁっ!無視してんじゃねーよ!!」

男子生徒は激昂して仁の胸倉を掴んだ。

学生2「やめとけよ、コイツ見かけによらず頭わりーからよぉ…やらせるなら他のヤツにしときな」

学生1「ああ?マジか?」

実はこの男、たまたま近くに居たから仁に宿題を押し付けただけだったのだ。
実際、仁は成績が悪く、自分の宿題ですら滅多にやってこない。

学生1「ケッ…いかにもガリ勉って面しやがって、見掛け倒しかよ」

仁(うっせーな…ほっとけよ、クズが)

仁は男の手が緩んだ隙にさっさと教室を出て行った。





ガシャンッ
ガシャンッ

仁「クソッ…なめやがって!!」

ガシャーン

仁は学校の自転車置き場でその辺の自転車を手当たり次第に蹴飛ばした。
周りには誰も居ない。
仮に誰かが見ていたとしても気にすることは無いのだが…

仁「…フンッ」

仁は倒れた自転車を一瞥して鼻を鳴らすと、そのまま校門の方へ歩いていった。
まだ授業は残っていたが今日はもう授業を受ける気分ではない。
こうして彼は面白く無いことがあるといつもその辺のモノに当り散らしてから授業をサボって帰宅してしまうのだった。

仁「勉強やスポーツができたからって何が偉んだ?
  そんなもん学校でしか役に立たねーんだよ…」

仁はブツブツと独り言を言いながら道を歩いていた。
なかなか怒りが収まらないらしい。
いつもより若干早足になっている。

と、何かを見つけて急に足を止めた。

仁「…」

どうやら道路に転がった空き缶を見ているらしい。
10秒ほど微動だにせず、ただじっと空き缶を凝視する。

仁「…」

グオー
…グシャ

トラックが横切り空き缶を踏み潰していった。

仁「…」

仁は表情を変えることもなく再び歩き出した。





町を抜け、住宅街に入った。
仁は小さな公園が見下ろせる小高い丘の上に登った。
別に公園で遊ぶ子供達を見て心を和ませたかったわけではない。
ただこの場所なら昼間でも人目に付き難いからだ。
仁は鞄を放り投げると草の上に腰を下ろした。

公園の向こうに見えるのは、彼が幼い頃住んでいた団地…
ランドセルを背負った子供達がちらほら見える
小学校は下校時刻のようだ。
見たいアニメでもあるのだろうか?全速力で走って家路を急ぐ子供もいる。
そんな光景を見ながら仁は幼い日の夢を思い出していた…

テレビの中のヒーローは人知を超えた力を持って日夜悪と戦い続ける。
仁はそんなヒーローに憧れていた…なれると信じていた。
いつの日か自分の力が人々の役に立つ。
そして皆に称えられる。
自分を馬鹿にしたヤツを見返してやる。
いや…馬鹿にするようなやつは助けない。
自分の犯した過ちを後悔しながら死んでいけばいい。
胸がスーッとする。
仁はそういった夢想を子供の頃からずっと繰り返してきた。
そうすることによって心のバランスをとっていたのだ。

しかしそれもそろそろ限界が近づきつつあった。
苛立ち…
いつになったらその日が来るのか?
いつまで馬鹿どもにコケにされて我慢し続けなければならないのか?
そしてあの日以来無くなってしまった自分の超能力はいつになったら目覚めるのか…

仁「活躍の場だ…俺がヒーローになるために必要な…それだけが足りない」

仁は地面の雑草をぶちぶちと引き千切り、奥歯を噛み締めて苛立ちに耐えた。





日が沈みかけていた。
マンションの壁がオレンジ色に染まる。
公園で遊んでいた子供達が一人、また一人と去ってゆく。
今日もまた一日が終わろうとしている。
何事も無い平穏なまま…

仁は鞄を手に取り、腰を上げた。
尻に付いた草と泥を軽く払い、歩きだす。

来るときに通った獣道を再び通って丘を降りる。
公園を横切り、自宅へ向かって団地の中を歩いてゆく。

女「え?…ちょっと、駄目だったら…」

仁(ん?)

女の子の声が聞こえて仁は振り返った。
見ると中学生くらいの女の子が小学生くらいの男の子に手を引かれている。

仁(姉弟?…違うか)

姉弟か、または女の子が近所の小さい子と遊んであげているのか…
まぁどちらにしろ取り立てて珍しい光景では無い。

だが何となく気になった。
少女の焦ったような雰囲気…周りにあまり聞かれたくないのだろうか?やや抑えたトーンで必死に少年に何事か言い聞かせようとしている。
だが少年は無言のままグイグイと少女の手を引っ張る。
結局少女は折れてしまったようで、渋々ながら少年と一緒に植え込みの中へ入って行ってしまった。

仁「…」

仁はコッソリと二人の後をつけた。

植え込みの間に身を潜めて様子を伺う。
二人は更に奥へと歩いて行く。
そして建物と建物の間へと入って行った。
なるほど…ここなら外からは完全に見えなくなる。
仁は植え込みから出て、二人を追った。
そして…

仁「!!!」

仁は信じられないものを見た。
スカートと下着を脱いでしゃがみ込んでいる少女と、それを見下ろす少年。
そしてその少年の腰に付いていたものは…
見たことも無いような巨大なペニス。
太さはそれほどでも無いが長さが異様だった。
腰から上へ向かって伸びたそれは、先端が少年の顔の前くらいまであった。
全体が包皮に包まれていて、途中ウネウネと歪に捻じ曲がっていた。
少女はじっとしたまま動かない。

仁「ゴク…」

仁は唾を飲み込んだ。
緊張していた。
全身が硬く強張ってゆく。
足がガタガタと震える。

仁「フ…フフフフ…」

思わず笑いがこみ上げてきた。
仁はその光景を目を輝かせながら見つめた。

仁(ついにこの時が来た!)

仁は拳をギュッと握り締めた。

仁(今こそ俺の出番だ!あのバケモノを倒して少女を救い出す!)

全身がカッと熱くなる。
血液が体中を猛烈な勢いで駆け巡る。
眩暈がするほどの激しい鼓動。

仁「はぁはぁはぁ…」

頭のてっぺんがチリチリと焼けるような感触。
じわっと汗が溢れ出す。
視界がどんどん狭くなる。
少年…いや、バケモノと少女。
そして揺らめく卑猥な触手…
ビルとビルの間…光が届かない暗闇の中で…
今まさに少女が襲われようとしている。

仁(立て…俺!
  あのバケモノを打ち倒せ!
  今こそヒーローになるときだ!
  今だ!今こそ…)

走り出していた。
周りの物音はもう聞こえない。
ゴウゴウと、風の音のような耳鳴がするだけ。
極度の興奮で手足がもつれて上手く走れていなかったが、そんなことは気にならない。
仁は少年だけを視界に捕らえ、ただ夢中で駆け寄る。
握り締めた右手の拳に意識を集中する。

仁(壊せ!
  砕けろ!
  捩れ!
  引き千切れ!
  弾け飛べ!)

様々な…思いつく限りの破壊的イメージを浮かべる。
それら全てのエネルギーを拳に乗せる。

女「きゃぁっ!」

少女が仁の存在に気付いた。

女「駄目っ、見ないでぇっっ!!」

少女は地面に散らばった衣服を掴んで身体を隠そうとする。
少年も気付いた。
が…すでに遅い。
少年が顔を上げるのと仁の拳が少年の顔面を捉えたのは同時だった。

仁「死ねへぇぇぇぇえぇぇえぇぇ!」

仁の奇声がビルの壁に反響する。
普段大声を出し慣れていない所為で声が裏返った。
仁は一瞬の後に少年の頭がトマトの様に弾け飛ぶ様を想像していた。
しかし…

グキャ

嫌な音がした。
同時に仁の右手に鈍い痛みが走った。
少年はその衝撃で勢い良く地面に倒れた。

女「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

少女が悲鳴を上げる。

仁(不発か?…そんな馬鹿な!)

仁は倒れた少年にすぐさま跨ると、奇声を上げながら両手の拳を交互に少年の顔に打ち込んでいった。

仁「おほぉぇぇぇひやはぁぁああああっ!」

ガシッ、ガシッ、ガシッ

仁(目覚めろ…俺の力!
  活躍の場は与えられたのだ!
  さぁ、バケモノは目の前だ!
  殺せ!こいつを殺せ!そしてヒーローになるんだ!!)

仁は髪を振り乱し、涎を撒き散らし、奇声を上げながら夢中で少年の顔面を殴打し続けた。
右から左へ、左から右へ…
拳を打ち下ろす度、少年の頭はボールのように左右にブルンブルンと揺れる。
最初の一撃で脳震盪でも起こしたのだろう…完全に意識は無い状態だった。

女「止めてーーーーっ!死んじゃうよぉぉぉ!!!」

狂ったように少年を殴り続ける仁の脇で少女はわーわーと泣き叫んだ。

仁の中にだんだんと焦りが沸いてきていた。
力が発動しない…
それに手首から先の感覚が全く無い。
くにゃり、くにゃりと…頼りなく曲がる手。

仁(効いてない…こんな攻撃では全く効いてない!効く筈が無い!)

仁「ごがあああああ」

全身の毛穴から大量の汗が吹き出る。
びっしょりと掻いた汗はすぐに仁の体温を奪って行く。
激しい頭痛と嘔吐感が彼を襲った。

仁「ぐ…ごほ…ぉ…」

その時だった。

ドカッ

何かが仁の身体を弾き飛ばし、少年の身体から引き剥がした。

仁「ぐえっ」

仁はもんどり打って草の上に倒れた。

女「ひっ…はっ…はぁ…はぁ…」

少女が仁に体当たりをしたのだ。

しかし仁はその事態に気付かない。

仁(やったか?!
  ついに力が発動したのか?!)

仁は少女の体当たりによる衝撃を自分の力が発動したものだと勘違いしていた。

仁(うおお…やった、やったぞ!
  とうとう力が復活した!)

仁はギシギシと軋む体を無理やりに起こして少年を見た。
少年は先ほどと変わらず地面に仰向けに横たわったまま…ピクリとも動かない。

パシンッ

突然仁は少女に頬を叩かれた。

女「なんてことするのよ!この…ヒトゴロシ!」

仁「え?」

キョトンとする仁。

少女「うわぁぁぁぁぁんっ」

少女は再び大声で泣き始めた。

仁「何いってるんだ、アイツはバケモノだ。俺が倒した!」

仁は錯乱する少女をなだめようと、彼女の肩に手を置こうとした。
しかし腕の先には血まみれの奇妙な肉の塊がぶら下がっているだけだった。
それはいくら意思を伝えても彼の言う通りには動いてくれない。
少年の血か…はたまた自分の血か…
手首から先にがぶらーんと力なく垂れ下がった手から、ぽたぽたと赤黒い液体が地面の上に幾筋も落ちていた。





仁はその後病院に収容された。
複雑骨折した両手は包帯でぐるぐる巻きにされ、石膏で固められていた。
そして勿論、小学生児童に暴力を振るったことに関して厳しく追及された。
しかし最終的には執行猶予となり、保護観察処分が下された。

一方、被害者の児童の方はというと…
幸い命に別状は無く、寧ろ仁よりも怪我の程度は軽かったようだ。
一週間ほど学校を休んだだけで、元通りの生活が送れる程まで回復した。

ともあれ、この事件はそれまで静かだった住宅街を大いに騒然とさせた。
しかしこの事件はこれから起こるあのおぞましい出来事の、ほんの幕開けに過ぎなかったのである。



To be continued



あとがき

一応「ヘルミンス〜触手少女〜」の続編です。
今回のテーマはESP(超能力)です。
いいですね〜、超能力…僕も憧れます。