雨が降れば
作・水霞

第一話 第二話

<第二話>

「……これはどういう事?」

 「まぁまぁ、まずじっくり見てみなさいな♪」

 『どういう神経してるんだ……この人』
じっくり見てみろと言われても、こんな物直視出来る筈――無い。……けれど、意を決して取り敢えず見てみる。
と、まず最初に私の脳に飛び込んで来たのは――違和感。明らかに男性では有るけれど、上から下まで気持ち悪いくらいに毛が少ない。
なんというか……小学生の男の子の肌を見ているみたい。しかも男性器が小さい。『立って』いる状態では無いけれど、
だからといって、普通『ポツッ』と点のように添えられている物でも無いだろう。
更に言えば、世界史の教科書のどの像の物より明らかに小さい事も分かる……なんて考えていると彼が突然話し掛けてきた。

 「どうやら分かったみたいだね〜♪」

何も分かっていないので、取り敢えず頭に浮んだ答えを出してみる。
「もしかしてトランスジェンダーで悩んでるのを打ち明けたい……とか?」

「ん〜、残念ながら違うんだ♪というか、この体に特に不満は無いしね〜」

「……? じゃあ、なんでこんな物? 露出狂では無さそうに見えるけど」

「あっ、露出狂じゃ無いよ〜。今回はちょっとお誘いが有りまして」

「何か全然話が見えないんだけど。分かり易く説明お願い」
符遠君の説明によれば、彼は毎年必ずどこかに旅行に行っているらしい。
それで、今年もどこかに行こうと思ったけれど、せっかく
車の免許(彼曰く、「5月生まれだからとっとと取っちゃった♪」)も有る事だし、誰か誘う事を思いついたらしい。
それで一番最初に浮んだのが私で、女の子だし襲われたら困るだろう……と考え、例の写真を見せたというわけ……だ、そう。(でも甚だ逆効果のような)
旅行の予定は3泊4日。方面は北、橋ノ越辺りが最終目的地らしい。
出発は7日後の予定で、旅館の予約を考えると4日後までにはどうするか決めておいて欲しいとのこと。

「それで――どう?」

「ん〜、少し考えさせて貰って良い? 明後日辺りには結論出しておくから」

「ありがとう〜。良い返事、待ってるよ♪」

「あんまり期待されても……ま、調整はしてみるけどね」

「了解、それじゃ、良い一日を♪」

 それから、彼にも「良い一日を」と言ってから別れた。それからは、何ということの無い一日。
布団に入る時間になってから旅行の件を考えてみる。『悪い話じゃないかな』と、小さく独り言。
そのまま意識は薄れて行く。眠りの時間が来た……。

 夢を見た。まあ、いつも通り。精神が乱れる程じゃないから大丈夫と思い込んでなんとか起きる。外を見れば、嫌みな程にお日様が。
こういう、気分と天気が合わない日は外に出る気が起きない。少しだけ二度目の眠りを楽しむ。
二度目の起床は至ってスムーズ。エアコンをドライにセットして、湿気の篭った部屋をエアコンで乾かしている間にシャワーを浴びる。
濡れた頭をタオルでまとめたままリビングへ。時計を確認……9と3/4時、面倒なので昼ご飯も一緒に終わらせよう。
う〜ん・・・、結局、卵入りサラダとパン二枚(ラズベリーとマーマレードソース)、紅茶は久し振りにダージリンの高級品を。
デザートはラズベリーソースのヨーグルト。うん、我ながらなかなか良く出来た。
「天にまします私の神様に感謝して――、頂きます」宗教観念は無いけれど、こういう時に神様は居るかなって思う。我ながら自分勝手だなぁ・・・と思いつつ幸せを満喫。
似合わない鼻歌を歌いながら片づけを終えて、時計を確認すると10時と半分。
取り敢えず、部屋に戻って今日済まさないといけない事を確認。英語の和訳と数学、それと……符遠君と連絡を取らないと。
多分、クラスの連絡表に電話番号が……有った。さて、問題はここから。
    
    『私はどうしたいんだろう?』

はっきり言って全く分からない。第一、符遠君自体未だに意味不明な人だ。
かと言って、嫌なわけでは無い。う〜ん、困った・・・ここは現実主義者っぽく費用で決めますか。
まず、電話番号を入れて……と。Tooo.........
「……はい、符遠ですが。どなた様でしょうか?」

「私、水上と申す者ですが、灯さんはいらっしゃいますか?」

「あ、灯ね。ちょっと待ってて、今呼ぶから。」
受話器から小さな音で「灯〜、電話〜」と聞こえてから約十秒、

「ごめんごめん。それで、考えてくれた?」
私が素直に事情を説明したところ、彼からの答えは、
「ん〜、水上さん次第で金額変わるんだよね〜。最低0円、最高5万円」
とのこと。明らかに怪しい……格差が有り過ぎる。

「何が原因なの?その激しいその格差は」

「一部屋取るか、二部屋取るか。あと部屋のランクかな。ガソリン代とかはこっち持ちで問題無いけど」

「う、結構大きい問題かも。ちなみに、二部屋取ると最低でどれくらい?」

「ちょっと待って……大体3万5000円くらいだね〜。まあ、悪い部屋じゃないよ」

「そうかぁ〜、金欠にはちょっと辛い数字かも。ちなみに、参考までに一部屋だと?」

「ゼロ。俺が泊まる予定の部屋だし。ちなみに、食事代は何とかしてあげるよ〜♪で、どう?」

「ふ〜ん、随分と良い条件だね。迷うなあ……まあ、襲われたら訴えれば良いし。分かった、一部屋にしておいて」
悩むことも色々有るけど、即決、即断。良い話な事に間違いは無いし。

「だ〜か〜ら〜、アレじゃ襲えないでしょ? それじゃ、兄弟って事で予約しておくよ〜」
アレは……襲えないのだろうか?確かにそんな気もする。

「了解。それで、集合とかはどうしよう……」
結局、その後、一時間くらいの話し合いで、出発は6日後の朝7時、
待ち合わせは私の家の前――では無く、一応両親に配慮していつもの公園前に。
娘が急に男と旅行なんて言ったらさすがに驚くだろうから、防御策はしっかりしておかないと。
適当な友達に、話を合わせて貰うように電話を入れないといけないな……。

 さて、これで行くのは決定。予定も一応決まったし、言い訳は後で考えるとして……、今は和訳と数学。
何か有るからってペースを乱すのは良くないハズ。さて、始めますか。
…………時計を見れば4時と少し。かなり疲れも溜まったし、今日はこの辺りで。
勉強が終わるとやる事が無い。見たいテレビは無いし、散歩に行こうにも一目で『暑い!』と分かる天気。
「さてさて……困った」机に突っ伏す。エアコンで冷えた机が、勉強で茹り気味の頭を程よく冷やしてくれる。
そんな事をしている内に、少しずつ適当な事を思いついてきた。
結局、ちょっと溜めていた洗濯やら、凝り目のご飯(トマトリゾットと豆乳スープ、それと白身魚を蒸した物。デザートはヨーグルトゼリー)を作って、
久しぶりにゆっくりとお風呂に浸かっている(何故だか泥パックまでしてしまった)うちに一日が過ぎた。

 そして、丁度両親が帰ってくる前の日−−彼の家に私が行くことになった。
きっかけは、朝の散歩のついでのおしゃべり。『最近何が美味しいか?』という話題になって、
彼がかなりの食事(特にパスタ)好きだという事が分かった。何しろ、とにかく色々な店に行っているのだ。
そして、「トマトのカッペリーニなら街のトリエ、アラビアータなら……近くのミリアムが美味しいよ〜」なんて、
料理の種類どころか、料理名で分けているのには驚いた。というか、私が知らない店ばかり。
それで、そんなことを話している間に彼が、「ウチに食べに来ない? パスタなら美味しいのが作れるよ〜」
と誘って来たのだ。幸い(?)にも、彼の両親は家に余りいないらしく、
今日は彼と彼のお姉さん−−この前電話に出たのは彼女だったらしい――の二人だけらしい。
それで、「姉さんも喜ぶから」是非来て欲しいとのこと。私は、少しの間考えて……そのお誘いを受けることにした。
集合は午後7時半。お姉さんの仕事が終わるのが丁度その辺り、だそう。
私は彼の家が分からなかったので、散歩も兼ねて一緒に歩いた。
彼の家は公園から10分くらいの所に有った。ウチからは……多分20分有れば着くくらい。
西洋風の家で、私の家の倍くらい大きかった。玄関に、住む人のセンスの高さが見えて、私には少し遠い世界のように思えた。


 午後7時、家を出る。もう、殆ど沈みかけの西日が目に入ってくる。かなり、眩しい。
少しゆっくり歩きながら−−でも、少し汗が出て来たような気がする−−頃に彼の家の前まで来た。
もう日はすっかり落ちてしまって、空だけが少し紅色がかっている。
少しの間立ち止まって――決心。インターフォンを押す。暫くして、ドアを開ける音と共に彼が出てくる。
「良く来てくれたね〜。歓迎するよ♪」

言いながら、門を開けてくれる。連れられてドアの中に入ると、そこには……西洋世界が広がっていた。
玄関は一応有るけれど、普通の家のように明確な段差が有るわけじゃなく、そこだけレンガが敷き詰められている。
「ホラ、入って、入って」と、先に靴を脱いだ符遠君がスリッパを私の足下に置いて促す。
慣れない感じにもたもたとしながら、ようやく靴を脱いでスリッパを履く。
「こっちがリビング。今日はここで食べるから♪ さ、入って♪」
と、彼はそんな私を気にしている様子も無く――あるいは気にしないようにしているのか−−
彼はさっさと歩いて奥に有る大きなドアを開ける……と、急に涼しい空気が舞い込んで来る。
それに引かれるように、私もドアを通ると……そこには更なる別世界が有った。
「……符遠君ってお金持ちだったんだね」一番最初に出てきたのはそんな下らない感想。

「親が頑張ってくれてるみたい。俺は何も貢献してないよ。せいぜい掃除するくらいだし」と笑いながら彼。
とにかく、どこを見てもセンスが良い……というか、感覚が違う。
「あ、適当な所に座ってて」と言われたので、とりあえずぎこちない動きでイスを引いて座る。

「姉貴が帰って来るまでちょっとかかるみたいだから、何か飲みますか」と言いながら彼がキッチンの方へ向かう。
……手持ち無沙汰。でも、雰囲気には段々慣れてきた。とりあえず、呼吸は普通に出来るようになったし。

「え〜っと、あ、これなんか良いかも〜♪」なんて声がリビングから聞こえてくる。
……何か怪しい気がするのは気のせいだろうか。いや、気のせいで有って欲しい……。

「え〜っと、とりあえず飲み物とチーズ持って来たよ♪さてさて、待ちますか」
と言いながら、彼が持って来たのは……怪しい予感的中。ラベルには「champagne」とはっきり書いてある。ついでにグラスが3つ。
初めて来る人間にシャンパン……。羨ましい精神構造だと思う。少なくとも私には無い思考だ。
そんな事を考えている間に、いつの間にやら目の前にはグラス七分程注がれたシャンパン。その先には彼の嬉しそうな顔。

「それじゃ、ちょっと早いけど……、乾杯!」満面の笑みでグラスを上げる彼。それに釣られてグラスを鳴らしてしまう私。覚悟は決まった。
こうなったら思いっきり楽しむしかない。毒喰らわば皿まで……と思っていたけれど、全くそんな事は無く、ゆったりとしたペースで会話は進む。お酒も同様。

「そこに有るキューブのが美味しいよ」とか、「それはちょっと癖が強いけど病み付きになるよ」とか言っている間に、グラスのお酒も残り半分……になった頃、
Toooooo......
電話の音が鳴った。少し慌てた様子で受話器を取る彼。30秒程の会話の後、受話器が置かれて、
「姉貴があと10分で着くって。俺は準備始めるから、水上さんはそこでゆっくりしてて〜」と言って、キッチンに入って行った。
何もする事が無いので、符遠君をボーっと眺める。やっぱりどこか掴み所の無い感じ……と思っているとドアが開いて、
中背の女の人が「ただいま〜」と言いながら入ってきた。どうやらこの人がお姉さんらしい。
その、お姉さんらしき人はこっちを見ると、「あ、こんばんは♪」と軽く挨拶してきた。そこで初めて私は座ったままだった事に気が付いて、急いで立って、慌ててお辞儀。

 その後、お姉さんを加えて会はゆったりと進行した。
符遠君が作る料理−−前菜のルッコラと生ハムのサラダから始まって、トマトのカッペリーニ、デザートにイチゴのジェラート(彼が自分で作ったとの事)まで全五品−−
はどれも美味しくて、お姉さんも
「灯〜。こんな可愛い子どこで見付けて来たの?姉さんは灯がやっと女の子に目覚めてくれて嬉しいよ!!」

なんて冗談を言ったり、とても面白い人で、すごく早く時間が過ぎる感じだった。
気が付けば時計は10時を回っていた。残念だけれど、そろそろ帰らなきゃ……と思っていると、彼のお姉さんが
「あ、もう10時過ぎじゃない。さ、今日は解散、解散。灯、危ないから彼女はちゃんと家まで送って行くのよ」と言ってくれた。

どうやら、半分は私の態度気付いたんだろう。もう半分は邪推だと思うけれど。
元から符遠君は送るつもりだったらしく、すぐにお姉さんの話を承諾した。
お姉さんはわざわざ玄関口まで見送ってくれた。どうやら、基本的に世話好きみたい。
符遠君と歩き始めてから、彼のお姉さんの話になった。
符遠君より7つ年上で、今は弁護士の秘書をやっているらしい。通りで口が立つし、気が回るわけだ……と考えていると、一つ根本的な問題が浮かんだ。

「何故彼は今日急に誘ってくれたのだろう?」

ただ、聞きたいような気もしたけれど、こんな楽しい会をしてくれた後でそんな事を聞くのは凄く失礼だと思って、結局喉まで出かかった質問はお腹の中に戻ってしまった。
家の門の前まで来て、彼と別れる。お礼の気持ちを精一杯込めて「またね!」と言う。
靴を脱いで自分の部屋まで戻ると、急に眠気が襲って来た。今日はこの気持ち良さに任せよう……。

 次の日の夕方、両親が戻って来た。「夕食は私が作るからゆっくりしてて。疲れてるんでしょ」と言って二人を部屋に押し込む。
「さて……やってみますか」台所には高級パスタと岩塩、イタリアントマトの水煮、その他諸々。
昨日の味を元にまずソースを作ってみる。「……これくらいかな?」どうもパスタと絡めないと分からない。とりあえず今日は実験だと言い聞かせる。
パスタを茹でる。感触を確かめながらお湯から出す。そのまま水にさらし、手早くソースを絡めて、並べる。両親を大声で呼ぶ。食べる。
「あら!こんなに美味しいパスタ食べたの久し振りだわ。私にも作り方後で教えて〜」母。

「……パスタってお代わり出来ないのが残念。でも凄く美味しい」父。

「……やっぱり違うか。後で聞いておこう」考える、私。結局忙しくて聞けない内に忘れてしまったけれど。

出発2日前の夜、両親に話を切り出す。少しは反対されるかと思ったけど、意外にも反応は良好で、すんなり事が運んだ。
でも、騙してると思うと……やっぱり少しだけ胸は痛む。『その分楽しんでくれば良いんだ』と自分に言い訳。

出発前日の夜、符遠君と電話で持ち物確認。特に特殊な物は無いので5分程度で終わった。
「明日は朝早いから、早めに寝た方が良いよ。車で寝ても良いけど、途中の景色が凄く良いからさ♪」

と彼が勧めるので、電話を切り上げて寝る事にした。
勿論手段は、
「羊が一匹、羊が二匹……カメさんが3匹、ピューマが……」
あ、もう…少し………………zzzzzzz。

 
……時計は、3時。苦笑い。楽しみなのか、緊張したのか、はたまた早く寝すぎただけなのか。
何はともあれ……、刻は動く。少しずつ、少しずつ……。




あとがき
本当は2話をもっと早く公開する予定だったのですが、私が余りにも小説の一般ルールを知らないせいで皆様に見て頂けるような代物からかけ離れてしまいました。ということで、2ヶ月程修行(?)をして見易くなった状態で1話共々公開する事にさせて頂きました……
が、一話も「ただ直すだけじゃ芸が無い!」ということで、一話を公開した時に多かった「話の展開が急すぎる」という欠点を少し修正した物になっています。
ということで、まだこの作品を見た事が無い方だけでなく、一度見て頂いた方も是非一話からお楽しみ下さいませ♪

最後に……、この作品に関わって頂いている全ての読者様に深く感謝します。
H15/12/4
Mizuka