双子山峠の食人鬼
作・ゆーすけ


暑い・・・痛い・・・息苦しい。
何だか身体が異様に重たく感じる。
しかしこのまま眠っていてはいけない。
本能的にそう感じた俺は、異様に重たい身体に鞭を打って起き上がった。

暗い。
目を開けている筈なのに視界は真っ暗。
今は夜・・・なのか?
それにこの鼻を突く堪らなく嫌な匂いは・・・

だめだ・・・眠る前のことが全く思い出せない!

急激に不安が膨らんでゆく。

兎に角、一刻も早くこの場所から出なければ!
俺の頭の中は只そのことだけでいっぱいになった。

ん?
微かな光・・・
俺の横っ面に青白い光が差し込んでいる。

窓だ!
俺はすぐさまその窓に飛びついた。
あれ?・・・開かない。

バンバンバンッ

開けよクソっ!

俺はイラつきながら意味もなく窓を摩ったり叩いたりした。

えーと、鍵は・・・鍵・・・

あった!

カチャ

「ぐっ・・・」

力を込めて引くと、窓はゆっくりと横にスライドして開いた。

よ・・良し、開いた。

俺は窓枠によじ登ってソコから身を乗り出し、転げ落ちるように外へ出た。

・・・転げ落ちた。

「ぎゃふっ!!」

ずでんっ

「・・・・・・っ!!!」

幸い2階の窓とかではなく、地面まではせいぜい1.5メートル。
ただ、背中から落ちたので暫く息ができなくなった。

「ハッ・・・・ハァ・・ハァ」

1分程してようやく落ち着き、俺は改めて今這い出してきた建物を見上げた。

「ん・・・バス?」

思い出した。
そうだ、俺はたしか買い物をしに隣町まで出て・・・そんでバスに乗って帰ってくる途中だったんだ。
疲れてバスの中で居眠りしてのだが、突然大きな揺れがあって・・・

「もしかして・・・・崖から転落したのか?」

俺は真後ろの断崖絶壁を見上げた。

暗くて見えねーじゃんっ!

うーん・・・どのくらいの高さがあったのだろう?
ま・・とりあえず命があって良かった♪

あっ!・・・そうだ、他の人はどうしたんだ?!
確か10人くらいは乗ってた筈だ。
皆無事なのか?

俺はバスの反対側の側面に回りこんで出入り口の扉を確認した。
扉のガラスが粉々に砕け散って枠もグニャリと歪んでいる。

「えーと・・・・誰か居ますかー?」(←何故か小声)

「うぷっ!」

更に大声を出そうとして息を吸い込んだとたん、錆びた鉄のような匂いが俺の嗅覚を襲った。
咽返る程に高濃度の血の匂い・・・
俺は堪らずその場を離れた。

「ハァハァハァ・・・」

ダメだ・・・とてもあの中に戻る気は起きねぇ。

「おーい、誰か生きてるヤツは居ねーのかぁ?」

ガンッ、ガンッ、ガンッ

俺は車内に声を掛けながら車のボディを足で蹴飛ばしてまわった。
もしかしたら振動で中の人が起きるかもしれないと思ったからだ。

「生きてるヤツはいねーがぁ?」(←ナマハゲ)

ガンッ、ガンッ、ガンッ





「コラーっ、アンタ何やってんのっ!」

突然背後で声がした。

「へっ?」

振り返るとそこにはセーラー服を着た中学生くらいの少女が1人立っていた。

「な・・なんだ、脅かすなよ」

少女は俺に視線を向けたまま、青白い月明かりの中、身じろぎもせずに佇んでいた。

「何をやっているのか?って聞いているのだけど」

少しだけ苛立ちを含んだ口調で少女は再度俺に問い掛けた。

「見ての通り、生意気な後輩にヤキを入れてるところですが」

ジョークで切り返す俺。(←なんでやねん)

「あのねぇ・・・」

あ。呆れてる。

「そのバス・・・さっきこの崖から落っこちたヤツでしょ?
 まだ中に人が居るんじゃないの?」

「いや、だから今それを調べてたんだけど・・・」

そーなんですよ?・・・いや、マジで。

「貴方さっき『ヤキ』がどうとかって言ってなかった?」

「ああ、アレ?ジョークだよ・・・ジョーク
 ほれ・・・ロッカーの中とかに友達閉じ込めて外から皆でガンガン叩いたりするだろ?」

「・・・・・」(←「相手にしてられないわ」と顔に描いてある)

「もういいわ。アタシが調べるから貴方は邪魔しないで」

「あっ、待て!爆発するゾ!!」

「えっ?!」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

(しーー−ん)

「びびった?」

「・・・・・(ブチッ)」(←キレた)

ブンッ(←石)

「ふごぉあっ」(←HIT)

石っ、石があぁぁぁぁっ!!
顎にぃぃぃイイイ!!
はがぁぁぁあああああ!!!

顎を押さえて地面を七転八倒する俺を背に、少女は涼しい顔をしてバスの中へと入っていった。





おっ・・・出て来た出て来た。

俺は地面に座り込んで、まだ少しズキズキと痛む顎を摩りながら少女に声を掛けた。

「よぉ、どうだった?」

「・・・・・・・」

少女は俺をジロっと睨み、あからさまに不機嫌な顔をした。

「ダメ・・・全員即死だわ」

「そっか」

「・・・・・・
 貴方もしかしてこのバスに乗ってたの?」

「ん?・・・ああ、なんか俺だけ無事だったみたいなんだけど」

「大した悪運の強さだわ・・・中、酷い状況よ?」

「みたいだね」

「・・・・・・・ハァ」(←溜息)

「なんだよ」

「・・・貴方どういう神経してるの?こんな状況でよく平気で居られるわね?」

「それはお互い様じゃん?」

「っ!」

一瞬、少女が焦ったような表情を見せた。

「とにかくっ、貴方は幸運にも九死に一生を得たの!
 だから大人しくこの場を立ち去りなさいよ!」

「お前はその『奇跡の生存者』に岩をぶつけるのかよ・・・死んだらどうすんだ?」

「石よっ!」

「パイナップルくらいあったぞっ!」

「それだけ元気なら大丈夫でしょ?ぐだぐだ言ってるとまた投げるわよ」

うわっ、目がマジだ。
・・・って、ホントに岩持ち上げやがった!
おいおい、あのサイズはシャレにならんぞ?!

「あっ、いや・・ワリぃ、俺が間違ってました。
 だからソレは投げないで・・・・ね?」(ビクビク)

ドスンッ

「ふんっ・・・わかればいいのよ」

少女は自分の身体程もある巨大な岩石を(おいおい・・)地面に投げ捨てると、満足げに額の汗を拭った。

「で・・・えーと、その・・・・」

「なによ」

「い、いえっ・・・その・・・
 どうやってココから上がったらいいのかなー・・・と」(ドキドキ)

そう。バスは峠のカーブでガードレールを突き破って崖を落っこちたのだ。(・・・多分)
日も暮れて視界の悪い場所で、俺のような土地勘の無い人間がどうやって街まで戻ったら良いのだろうか?

「案内してあげるわ。・・・ついてきて」

「は・・・ハーイ☆」

ここは大人しくこの少女に従っておくのが得策だよな?
・・・ウン。





ざっざっざ・・・(←足音)

「・・・・・・・・」(←無言)

ざっざっざっざっざ・・・(←足音)

「・・・・・・・・・・・・」(←無言)

りーりーりー・・・(←虫の声)

「ちィィっ、一塁ランナーが気になるゼ!」

「はァ?・・・・突然何を言い出すのよ?」

無言に耐え切れず、つい口にしてしまった俺の意味不明な一言に少女が訝しげな表情で振り返る。

「え?あ、いや・・・ランナーのリードが大きかったもんだからさ、あははは・・・」(←草野球?)

「???」

いかん・・・何の説明をしているんだ?

「頭・・・打ったの?」

うわ、なんかマジで心配されてるっぽい。

「いやいや、ボクチン普段からこんなですから、お気になさらず〜」

とりあえず薄ら笑いなど浮かべつつ誤魔化してみる。

「・・・病院紹介してあげようか?」

「っ!?!?」

「何よ・・
 泣くほど嬉しいの?」

「・・・ハイ」(←半泣き)





「えーと・・・ほら、この道を真っ直ぐ行ったら右手に診療所があるから。
 そこで診てもらいなさい。一応怪我人なんだから・・・」

「え?診療所?」

「ま、あまりお勧めはできないけど・・・」

「へ?何?・・・どういう意味デスカ?」

あれ?
ちょっとお嬢さん?

ふと見ると、さっきまで俺の前を歩いていた少女は何処かに消えていた。

「・・・・・・」

呆然と立ち尽くす俺。

・・・・まあいいか。
折角教えてくれたんだから行ってみるとしましょう。

少女の最後の言葉が少し気にはなったが、他に人の住んでいそうな家は見当たらないし。
とりあえずその診療所とやらへでも行けばなんとかなるだろう。

俺は少女に教えられた道を1人とぼとぼと歩いていった。





「ここか・・・」

俺の目の前には『双子山クリニック』という何処かの相撲部屋のような名前の看板が掛かった
今にも朽ち果てそうな小汚い建物が建っていた。
まあ、ここまでずっと一本道だったし、他にソレらしい建物も無かったから、ここがその診療所なのは間違いないだろうけど。

それにしても・・・

「相当歩いたぞ、チクショー!」

と、愚痴ってもしょうがないし。
兎に角、中に入ってみようか?

えーと、とりあえずチャイムを・・・

カチ

「ピンポーン」

・・・・・・・・

今の、俺が口で言ったのね。

カチ、カチ、カチ(←押してます、押してます、押してます)

・・・・・・・・(しーーーん)

「チャイム壊れてんじゃねーかっ、おらァァァァ!!」

バンバンッ

「あら・・・何か御用かしら?」

腹いせに診療所のドアに蹴りをいれていると、建物の裏手から看護婦らしき若い女性が出て来た。

「え?」(←焦る俺)

「・・・・・・・・」(←俺のことをじっと見詰める看護婦)

ぴっぽっぱ・・・

「ちょ、ちょっと何処電話してんですかー?!」

「ポリ公」

ポリ公って・・・アンタ
いや、そうじゃなくって!

「待ってください、あのっ・・俺、怪しいものでは無くてですね・・・」

「あ・・もしもし?救急車1台。・・・ええ、そう黄色いヤツ」

「今度は何処に電話してんだーーーっ!!」

俺はもう飛び掛ろうかというような勢いでその看護婦に詰め寄った。
すると彼女はパタンと携帯電話を畳み

「馬鹿ね・・冗談よ。黄色い救急車なんてあるわけないでしょ?」

と言ってクスクスと笑いながらそれを白衣のポケットにしまった。

無いのか・・・イエローピーポー。信じてたよ、今まで。

てか、なんなんだ?この看護婦は!
患者をからかって遊ぶなっ!!

「予約は・・・してないわよねぇ?」

「あ・・はい。あの、俺たまたまこの町に立ち寄りまして・・・」

「あら、余所者なの♪」

余所者って言うなよっ!
しかも何で微妙に嬉しそうなんだよっ!

「じゃぁ保険証も持ってないわよねぇ・・・」

「うっ・・・」

そう言えばそうだ・・・普段そんなもん持って歩いてねーぞ。
・・・いや、マテ。何も診察受ける必要は無いんだ。
電話借りてタクシーでも呼べば用は済むんじゃないか?
怪我は・・・まぁ大したことなさそうだし。(←医者の前で素人診断)

「というわけで、電話貸してください」

「なにが『というわけ』なのかサッパリわからないわよ」





「はい、じゃあそこに横になってくれるかな?」

診療所の入り口で看護婦と口論(?)をしているところをこの診療所の医者らしきオッサンに見つかって、
結局俺は診察をしてもらうことになった。

保険証は後日で良いそうだ。

「じゃ、ちょっと準備をするから、暫くそこでじっとしていて貰えるかな?」

「あ・・はい」

「大丈夫、心配しなくても痛いことはしないよ。はっはっは」

医者は柔和な笑顔を残して診察室を出て行った。

「ん・・・ふわ・・ぁぁ・・・」

やべっ、なんか眠くなってきた。

安心してベッドに横になった為だろう。急速に睡魔が襲ってきた。

「ま、いっか・・・オヤフミ・・・」






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