小梅ちゃんEXPRESS
作・ゆーすけ
絵・アリア


犯行は昼間の大学構内で行われた。
俺がトイレに行っていたほんの数分の間のことだった。

容疑者は仲本小梅(19)。
俺と同じ学部に所属している幼馴染。

被害はライブのチケット。
慣れないインターネットを駆使して手に入れたプラチナチケットだ。
まぁ、俺がヤツに見せびらかしたのがそもそも間違いだったのかもしれないが・・・

兎に角、起こってしまったことをいつまでも嘆いてはいられない。
俺は小梅を追ってライブ会場に向かうことにした。





俺は自宅で簡単に旅支度を整え、駅のATMで預金を下ろしてから電車に乗り込んだ。
電車に揺られること3時間・・・途中何度か乗り継ぎをしながら、現場に到着した頃には既にだいぶ日が傾いていた。
俺は自動販売機で缶コーヒーを買い、ライブが行われる建物の周辺で『ホシ』が現れるのを待った。
30分程すると、ライブを見にやって来た人がちらほらと姿を現し始めた。
が、徐々に人の波は大きくなり、やがて辺りは人でごった返してしまった。

「やばいなぁ・・・」

この人ゴミの中から1人の人間を見つけ出すのは骨だぞ。
なんかいきなり気力が萎えてきた。

今俺の手にチケットは無い。
ということはアイツを見つけ出すことが出来なければ、俺は会場に入ることさえ出来ずに
トボトボとまた3時間以上かけて家に帰らなければならないということだ。
正直ここまできて無駄足は嫌だ。

チケットを売り買いするダフ屋の声が俺にプレッシャーをかける。

「畜生・・・足元見やがって」

はっきり言って今の俺の予算では手が出ない。
というか今更そこまでしてこのライブを見る意味もないのだが・・・

そもそも俺は今回のライブをある人と見に来る予定だった。
同じサークルの先輩で、俺の尊敬する人だ。
因みに男である。(別に変な趣味があるわけではない・・念の為)
カリスマ的な人気のある人で、俺は少しでも先輩の気を惹きたくて今回無理をして先輩が好きだと言う
このミュージシャンのライブチケットを手に入れたのだ。
それをあの泥棒猫が・・・

ああっ・・くそっ!

また怒りがぶり返してきた。
見つけたらタップリとお仕置きしてやるからな!

怒りを込めてコーヒーの缶を握りつぶした俺は(スチール缶なので実際にはちょっと凹んだだけ)
それを思い切りくずかごに叩き込んでやった。(←モラリスト)





気が付くと辺りに人はまばら。
ライブはとっくに始まっている。
どうやら俺はヤツを見つけることができなかったようだ。(ゲームオーバー)

ヤツめ、今頃は男とイチャイチャしながらライブを楽しんでたりするのだろうか?

・・・いや待て、それは無い。
アイツとはガキの頃からの長い付き合いだが未だかつて彼氏などというものが居たという話は聞いたことが無い。
なんせ『アホ』だからな。・・・折り紙付きの。
言い寄って来るヤツなんか居るはずが無い。

もしかして一人で見てるのか?ペアのチケットで?
・・・・。
いや待て。
速攻で換金したのと違うか?
うむ。流石の小梅でもそのくらいの知恵はまわる(・・・かも)

じゃあここで待ち伏せしてる俺は何?
小梅以上のバカ?!

やめた・・・・帰ろう。
ここでこうしていても仕方ない。
俺は入場口を憎々しげに睨んだあと、会場に背を向けて歩き出した。

俺の後ろで枯葉が風に舞っていた。





ライブ会場の最寄駅から鈍行で数駅超えて新幹線のホームに着いたところで、俺は意外な人物を目撃することになった。
ホームで人の流れからはずれてアタフタしているちっこい女の子。

「・・・小梅だ」

あの馬鹿、こんなトコロで何やってるんだ?
まさかとは思うが・・・迷子か?

まぁ、ここで会ったが百年目。
積年の恨み晴らしてくれるわ!(←誇張)

俺は人の波を掻き分け『馬鹿』目指して一直線に突き進む。

「てりゃぁ!」

俺は小梅の背後からそっと近づき、その(中身の少なそうな)頭に容赦なく拳を振り下ろした。

ゴチ

熟れ過ぎたスイカのような軽い音がするかと思ったら、意外にもかぼちゃのような重たい手応えが返ってきた。

小梅「うぎゃっ!」

小梅が間の抜けた悲鳴を上げる。

「よう、かぼちゃ頭」

小梅「いたたたた・・・ぅぅ、誰かと思えばタクちんじゃないか」

『タクちん』と言うのは俺のことを指している。
申し遅れたが北山拓治。俺の名前だ。

小梅「『かぼちゃ頭』って何よぅ。・・・『来々!キョ○シーズ』じゃないんだから」

「それを言うなら『すいか頭』だろう。・・いや、すいかだと思ったんだが、残念ながら期待に反してかぼちゃだったよ。
うむ、実に残念だ」

小梅「うう・・・なんのことだかサッパリわかんないよ」

「そりゃあそうだろう。お前馬鹿だからな」

小梅「ヒドイよ・・・タクちん」

「まぁ、ヒドイのは当然だ。お仕置きだからな」

小梅「え?!わたし何か怒られるようなことした?!」

馬鹿かコイツ!(いや、たしかに馬鹿だけど)
あれだけのことをしておいて自覚無し?!
それとも何?俺の持ち物を黙って取るのは(こいつの中では)罪にならないの?
脳内治安レベル低っ!!

「ライブのチケット『ギった』だろうが、お前!」

小梅「ああ、コレ?」

小梅はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら右手の人差し指を鉤状に曲げて見せた。

「やめいっ!」

ばしっ

俺はすかさずその手を叩いた。

「妙な仕草すんな、アホ!
 ・・・で、チケットはどうしたんだよ?」

ホームの真ん中で2人していつまでも馬鹿やってるわけにもいかないので、俺はさっさと話を進めることにした。

小梅「あるよ。・・・・・ホラ」

そう言うと小梅は背中からデイバッグを降ろして中からチケットを取り出した。

「・・・・・・」

小梅「どうしたの?」

唖然とする俺の顔をさも不思議そうに見る小梅。

「おまえさんは今ここで何をやっているのですか?」

俺は呆れた口調で小梅に聞いた。

小梅「へへへ・・・何言ってるのかな、タクちんは?今はこうしてタクちんとお話しているじゃないですか」

いや、そうじゃなくて・・・

「ライブとっくに始まってるぞ」

小梅「わわわっ・・・そ、そうなんだよね、どうしようタクちんっ!こんなところでのんびりお話なんかしてる場合じゃないよ!」

その通りですよ。やっと気付いてくれましたか?小梅さん。

小梅「早く行かなきゃ!」

そう言って小梅は俺の服の裾を引っ張る。

「そっちは行き止まりなんだが・・・」

小梅「え?!」

小梅はホームの先端の方に向かって走り出そうとしていた。

「線路に飛び込みたいなら止めはしないけど・・・俺を道連れにするのは勘弁してくれ」

小梅「うわーん、ライブ会場ってどうやって行けばいいのぉ〜」

とうとう泣き出すかっ?!コイツは!
周りの目が気にならないのかね?
・・・・俺は気になりますよ?
いや、だって注目浴びてるもん・・・しかも何故か俺が悪者。(トホホ)

「しょうがねえな・・・オラ、こっちだよ」

俺は非難の眼差しに耐え切れず、渋々小梅の手を引いて歩き出した。





30分後。

たった今帰ってきた道のりを逆に辿ってライブ会場を目指す俺。
数時間の間に何度も同じ道を往復することになるとは・・・(交通費が馬鹿にならん)

会場が視界に入るなり小梅は俺を置いてさっさと走って行ってしまうし・・・
アイツそんなにこのライブが見たかったのかね?
まぁ、人の鞄から無断でチケット盗み出すくらいだからして、よほど見たかったんだろうけど。
でもそれが許されるのは小学生までですよ?小梅さん。
はっきり言っていい大人がするこっちゃありません。
そんなだから駅で迷子になったりするんです。
最初から素直に連れて行ってくれって言ってれば連れて行ってやらないことも・・・
・・・・・・・・・。
あり得ないわ、やっぱ。ゴメン。

つーか、しっかり躾しといてくださいよ、おかーさま。
ご学友がご迷惑被りまくりですよ?
慰謝料請求してもよろしいですか?
・・・え?娘の体で?
んじゃぁ結構ですわ。(不良債権です)





小梅「はーやーく、来ーーーーいっ!」

入場口の前で小梅が痺れを切らして叫んでいる。(かなり恥ずかしいです)

なんとなくまわりを気にしながら俺は小走りで小梅の元へと急いだ。
ついでに一発ぶん殴ってやった。

小梅「痛い!・・・人を待たせておいてゲンコのお礼とはコレ如何に??」

『訳がわからない』とばかりに目を瞬かせてこちらを睨む小梅。
うーむ・・・この辺が理解可能になるのはいつの日だろう?(ちょっと遠い目)





ライブ終了。

「いやー、良かった良かった♪」

とんだハプニングで計画はご破算になってしまったが、ライブ自体は満足できる内容だった。
俺は心地良い興奮を胸に、気持ち良く夜の街を歩いていた。

「それはそうと・・・お前なんでついてくるんの?」

小梅「え?」

「・・・駅はアッチですよ?」

小梅「いや・・・だってもう電車無いし」

そうだな。
今からだと途中の駅で夜を明かさなきゃならんだろう。

小梅「タクちんはどーすんの?」

「フッ・・・」

その問いに俺はニヤリと笑みを浮かべる。

「ホテルに一泊して、明日の朝ゆっくり帰るのさ」

小梅と違ってこっちは念入りに計画を立てて来ているのだ。

小梅「あっ!なるほどねー」

「・・・じゃなくて!
 お前はアッチだっつーの!どうせ泊まる金なんか持ってねーんだろうが」

ざまーみろ、バーカ。
お前は駅のホームで酔っ払いのおっさんと一緒に夜の寒さに震えていろ。

小梅「うぅ〜ん、このイ・ケ・ズ☆」

やおらシナを作って寄り掛かってくる小梅。

「やめいっ、気色悪い!」

小梅「あんっ、やだ・・アナタ捨てないでぇ」

今度は俺の脚にすがり付いて『よよよ』と芝居がかった仕草で泣きついてきた。

「ええいっ、こんな道端で三文芝居すなっっ!注目集めてるだろうが!」

小梅「御代は見てのお帰りですか?」

「商売するな!つーか客に聞くな!」

いや、訂正・・・客でなくて只の通行人でした。

ああっ、もう!コイツと居ると俺まで見世物にされちまう!
兎に角早く人目に付かない場所へ避難しなければ。
俺は逃げるようにしてその場を後にし、ホテルへと急ぐ。

小梅「シケコムですね?」

「しけこまない!お前とは!」

お前1人で何処へでも消えてくれよ!頼むから!





小梅「はー・・っくちゅん!」

日が暮れてからどんどん気温が下がってきている。
この季節になると昼夜の寒暖の差が大きいからな。
小梅の奴は何も考えんと薄着で来ているが・・・
ま、いっか。・・・馬鹿は風邪ひかないらしいから。

小梅「うぃーっぷるるる・・・・シバレルねぇ〜」

「・・・・・・」

小梅「千昌○」

「聞いてねえよっ!」

せめて黙って歩いてくれ。

小梅「お腹減ったー」

「・・・」

小梅「お腹減ったお腹減ったお腹減ったよー!」

「・・・・・・・・・・」

無視して歩き続ける俺。

ちりんちりん

店員「いらっしゃいませー」

・・・・・・・。

振り返ると小梅の姿が無い。

小梅「2人ー」

居酒屋の暖簾の向こうから小梅の声が聞こえてきた。
勝手に入りやがったな、アイツ。
・・・ほっといて行こうか?

・・・・・・・・。

いや、余計ヒドイことになりそうだ。(←過去の経験から)
観念して飯くらい奢ってやるか・・・
俺はハァーっと溜息をつきながら居酒屋の暖簾をくぐった。





小梅「ねりねりねりねり、ねりごっはんー♪」

「・・・・・」

小梅「今日っも今日とて、ねりごっはんー♪」

小梅はさっきからご機嫌で歌など口ずさみながらご飯を只ひたすらに練っている。
茶碗の底に残った一口程のご飯を割り箸の先で磨り潰すようにして形が無くなるまで搗く。

小梅「今日も明日も、ねりごはんー、3食きっちりねりごっはんー♪」

・・・それはイジメか?(←3食きっちり練り御飯を食わされるシーンを想像中)

小梅「タクちん、もうちょっと待っててね。もうすぐできるから」(←やっぱり食わされそう)

「はいはい」

もう好きにしてくれ。
・・・しょうがないよね。もう諦めましたよ、ホント。
俺コイツの親じゃないしさ、いまさら『食べ物を粗末にするんじゃありません』とか注意するのもなんだし。

小梅「はーい、お待たせー。小梅特製ねりごはんの出来上がりー♪」

「よかったな・・・」(とりあえず変な歌が終わってくれたので一安心)

小梅「どうぞ、召し上がれー♪」

「って・・・コレ食うのか?俺が・・・」

小梅「ほらほら・・・」

う゛っ・・・そのブッタイを目の前につきつけんな。

小梅「あーーん、して☆」

やめろ・・ここでも注目を集めてしまう。(すでに十分注目されてるとは思うが)

・・・・・・・・。
食うのか?
この怪しげなブッタイを?
かと言ってこの状況を長く続けるのも辛いし・・・(うーん・・・どうでしょう?)

・・・・・・・・・。
ええいっ、元は単なる飯粒だ!
食って食えないものじゃない!・・・・・・はず。

俺は自分に言い聞かせるようにして無理矢理納得すると、勢いに任せてその謎ブッタイを口に入れた。

小梅「おいしい?」

「・・・・」

美味いもなにも、米の味しかする筈がなかろうに。
・・・ただ、なんか妙に粘り気が・・・気になる・・・

「ネバいな・・・」

小梅「うん、粘り気を増す為に唾入れといたから」

「ごぶっっっ!!」

なんだとーーーーーー!

小梅「うわぁっ・・タクちん、キタナーイ」

「汚いのはお前だー!唾なんか入れんなー、アホー!!」

飲み込んじまったじゃんよぉ・・・おえぇぇ。

小梅「食べ物を粗末にするんじゃありません」

そりゃこっちの台詞じゃボケ!

ほらぁ店員が凄い形相でこっちを睨んでんじゃん。
やだよぅ、目ぇ合わせらんない・・・

ああ・・・やっぱり小梅と一緒に店なんか入るんじゃなかった。





何とかホテルに辿り着いた俺はフロントでチェックインの手続きをしていた。

ホテルマン「2名様ですか?」

「1名様です」

小梅「シングル2つー」

ホテルマン「ええ・・・っと・・・」

困惑するホテルマン。

「シングル1つで結構です。後ろのは他人です!」

小梅「・・・この際ツインでもかまいません」

うるせー、お前は野宿じゃ!

ホテルマン「あのー、今日は部屋が空いておりますので・・・何でしたらシングルの料金でかまいませんよ?」

人の良いホテルマンが気を回して好条件の部屋を勧めてくれた。
・・・が、せっかくですが俺はコイツと一緒の部屋に泊まる気などさらさらありません。

小梅「じゃあツイン2つで♪」

・・・死んでくれ。





「ついて来んなよ」

小梅「まま、そう言わずに」

小梅は俺の腕にぶら下がってヘラヘラと媚びた笑みを振り撒く。

結局ホテルマンに勧められるままにツインの部屋をシングルの料金で借りた。
ううむ・・・多分痴話喧嘩だと思われただろうな。(カッコ悪ぅ)

部屋は3階の1番奥だ。
俺の腕にぶら下がりながら小梅はなにやらアニメソングらしきものを口ずさむ。

小梅「その名は〜、その名は〜♪むーてーきー・・・」

と、何故か突然俺の腹にボディーブローが炸裂。

「ンぐっっ!」

怯んだ俺から部屋のキーを奪うと、小梅はトテテテと走り去る。

「て、てめー・・・コラ、キー返せ!!」

小梅「いやだプー!」

小梅はちっこい癖にやたらと動きが俊敏だ。
腹を押えて蹲る俺を背に、小梅はあっと言う間に突き当たりの部屋のドアを開け、そして・・・

バタン、ガチャ

「あ・・・」

オートロックの錠が下ろされる音が廊下に響いた。


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