ヘルミンス〜触手少女〜
作・絵 ゆーすけ

第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 最終話

<第四話>


平日の夕刻・・・車椅子を押しながら病院の中庭を歩く。
人の姿はほとんどなく、通りからも離れている為この辺りは本当に静かだ。
心地よい風がふんわりと制服のスカートを揺らす。
私は足を休め、風を感じながら「うーっん」と1つ大きく伸びをした。

「早苗・・・疲れてるんじゃないかい?」

車椅子に座った祖母が少しだけ身を乗り出して窮屈そうに振り返り私に声を掛けた。

「え?ううん、そんなことないよ、お婆ちゃん」

慌てて首を振って笑いながら応える私。

「そうかい?
 なんだか最近ぼーっとしてることが多いみたいだから・・・受験勉強とかで大変なんじゃ・・・」

「あはは・・・。そ、そうかな?」

私はちょっと苦笑いを浮かべながら再び車椅子を押し始める。

(うーん、参ったな。私そんなにぼーっとしてること多いのかな?・・・気をつけないと)

「私のことなら放って置いてくれて構わないんだよ?ここには話し相手も沢山いるんだしねぇ・・・」

祖母が気を遣ってそんなことを言ってくれる。

「大丈夫よ、ほんと全然疲れてなんかないから、お婆ちゃんは心配しないで」

「そうかい?・・・でも無理はしないでおくれよ」

「うん、わかってる」

私はニッコリと微笑みながら答えた。

学校帰りに祖母の入院している病院に寄って、こうして散歩をしながら話し相手をするのが最近の私の日課だ。
とはいえ、こんな風に逆に気遣われたりすることもしばしばあり、一体どっちが世話をしてもらっているのか怪しいものである。

祖母が体調を崩して入院したのが去年の今頃だった。
当時はウチの両親や親戚の人なども頻繁に病院を訪れていたのだが、
祖母の容態が比較的安定しているということもあってだろうか?
日を追う毎に病院に足を運ぶ人の数は減っていき、今では私の他に見舞いに来る人間は殆どいなくなってしまった。

言葉には出さないがやはり寂しいのだろう。
この間担当の看護士の人が「お婆ちゃん、早苗ちゃんが来てくれるのいつも楽しみにしているのよ」と私に耳打ちをして教えてくれた。
それを聞いたとき私は照れ笑いを浮かべながら「そんなことはない」と否定したものだったが、内心はまんざらでもなかった。
自分の行為を人が喜んでくれているというのは嬉しい。
そして私の努力をちゃんと見ていて、それを評価してくれる人がいるというのはとても励みになる。
だから私は少しくらい無理をしてでも祖母の見舞いをずっと続けてゆくつもりだ。





私は笑顔で祖母に別れを告げると自転車に乗って帰途についた。
病院ではなるべく顔に出さないようにしていたが流石に疲労感はある。
最近は受験勉強で寝る時間も多少削っているし、自転車での病院通いは思った以上に肉体に負担をかけているようだ。
自転車のペダルもいつもより重たく感じる。

(今日は御飯食べたら早めに寝ちゃおうかな)

だが、そんな日に限って煩わしい事が起こるものである。
家に着いて早々母親に捕まりお小言を言われる羽目になった。

「早苗、今回の中間テストだけど・・・」

「なーに?」(やだなぁ、疲れてるんだから今度にしてよぉ)

「調子が悪かったの?」

「え?そんなことはないけど・・・」

「そう?でも前回より順位落ちたわよね?」

(あぁ・・・やっぱりそこに来るか)

「今回はたまたま他の人が良かっただけ・・・じゃない?」

順位が落ちたのは事実なだけにどうしても歯切れが悪くなってしまう。

「他の人はそれだけ受験に向けて頑張ってるってことでしょう?
 分かってるとは思うけど、今まで通りにやってるだけじゃ駄目なの。
 もっと危機感を持って・・・」

おざなりに応える私とは対照的に母親の説教はどんどんヒートアップ。
・・・こうなると長い。

「もういいっ!次頑張れば良いんでしょ?疲れてるんだから今日はもうほっといてよ!」

私は母親の言葉を途中で遮り、そのまま足早に自室へと向かう。

「ちょっと早苗、まだ話は・・・」

母親は猶も引きとめようとするが、私は聞こえないフリをして部屋の扉を勢い良く閉めた。





翌日になっても気分は晴れなかった。
気まずい雰囲気の中朝食を済ませると、私は言葉少なに席を立ちそのまま家を出た。

昨日は何であんなことを言ってしまったのだろう・・・
いくら気に入らない両親だからといってもああいう態度をとったというのは私らしくなかった。

(今度からは気をつけないと)

朝の新鮮な空気に触れたせいか、ちょっと冷静になって自分の言動を振り返ることができた。
軽い自己嫌悪・・・





教室へ向かう途中で春日美千留を見かけた。
相変わらず景気の悪い顔をしている。

「おはよう、春日さん」

私は内心の浮かない気持ちを隠し、ニッコリと笑顔を浮かべて彼女に挨拶をした。

「あ・・・おはよう、本条さん」

彼女は振り向いて細い声で挨拶を返してきた。

「また負けちゃったよぉ・・・春日さん、たまには手加減してよね?」

「え?・・・えと・・・何のこと?」

私は例のテストの結果について話題を振ってみたのだが、彼女はどうやら気付いていないみたいだった。

「何って・・・こないだの中間のことだけど」

「あ、そのこと?・・・私あまり順位とか気にしてないから・・・ごめんなさい」

春日さんはおどおどしながら申し訳なさそうに顔を伏せる。
実を言うと私は未だかつてテストでこの春日美千留よりも上の順位をとったことがない。
だから私は密かに彼女をライバル視していたのだが・・・
こういう風に謙遜されると正直ちょっと腹が立つ。

「あーあ、流石は優等生。私みたいな二流は眼中にありませんかー・・・」

私はちょっとだけ嫌味っぽく言ってみた。
すると

「え?・・・そんな・・・
 だって私、勉強以外は全然ダメで・・・
 本条さんはスポーツも万能だし私羨ましいと思うな」

必死になってフォローしてくれる。

「あははは・・・嘘嘘、別に凹んでなんかないから、無理に煽てる必要なんかないわよ」

あまり虐めるのも可哀想なので私は笑いながら「冗談よ」と言って話を打ち切った。

(でもこの娘なら頼んだら本当に手を抜いてくれたりして・・・)

「・・・なんてね」

私は聞こえないように口の中でそう呟くと、自分のクラスの前で春日さんに手を振って別れた。





私が春日さんをライバル視している理由はもう1つある。
それは白石君との噂の所為だ。
彼女が白石君の幼馴染で、密かに付き合っている・・・というもの。
地味で大人しい彼だが、私は彼に興味をもっている。
彼はあまり他人を寄せ付けないタイプみたいで、私がどんなにアタックをかけてもなかなか振り向いてくれないのだ。

彼に興味を持つようになったキッカケは何だったろう?
委員選出の為に開かれた学級会で、私が早々と図書委員に決まったのに対し男子の方がなかなか決まらず困っていた。
そんなとき自分からスッと手を挙げて立候補してくれた彼。
クラス中が他愛のないことで大はしゃぎしている中、一人だけ寂しそうに窓の外を眺めていた彼の横顔。

挙げれば理由「らしきもの」は幾つか思い浮かぶ。
だが、こんなものは後から自分でこじつけただけのものに過ぎない。
良くは分からないがきっと恋なんてそんなものじゃないだろうか?
まあ、とにかく私は今クラスメイトの白石君に淡い恋心を抱いていて、春日さんは恋愛でも勉強でも私のライバルだということだ。





休み時間。
私は担任の教師に職員室に呼ばれた。
用件は毎年恒例の「弁論大会」だ。
弁論大会の出場者は基本的に担任の推薦で決まる。
要するに私がそれに選ばれたのだ。

「この時期、勉強も大変だろうけど」と担任は苦笑いをしていたが、そう言われると返って断り辛い。
まぁ内申も上がることだし・・・と割り切って承諾することにした。
とは言え、予定に入っていなかった仕事が急に増えたというのは正直かなり痛い。
私のストレスもそろそろ限界が近いのではないだろうか?

(やっぱり断れば良かったかなぁ・・・)

職員室を出るとき思わず溜息がこぼれてしまった。





放課後。
浮かない気分のままトボトボと駐輪場に向かう。
途中、丁度道の真ん中に落ちていた石ころを何気なく足で蹴飛ばしてみた。
石ころは思ったよりも勢い良く飛んで行った。
私はびっくりして、思わず誰かに見られなかったかとキョロキョロ辺りを見回してしまった。

幸い誰にも見られなかったようだが・・・
しかしそんなことをしている自分に対して胸の中のイライラは更に増してゆくのだった。





帰り道。私は本屋に立ち寄った。
学校から程近いその本屋は、ウチの学生を含め近隣の学校の生徒も数多く利用している。
私も時々立ち寄って参考書等を買ったりするのだが・・・今日は特に用事は無かった。
ただ何となく、雑誌の立ち読みでもして気晴らしをしようかと思っただけだ。
だが、そこで私はとんでもないものを目撃してしまった。
いわゆる『万引き』というやつだ。

犯人は制服からして他校の女子生徒のようだった。
大きめのトートバッグに何食わぬ顔で文庫本を数冊手際よく放り込んでいく。
私は見て見ぬ振りをしてその場を離れた。

この店は本屋とCDショップが同じ店舗に入っている。
私は隣のCDコーナーまで来ると暫くそこで新譜を物色することにした。
だが暫くするとまた先ほどの女子生徒が私の隣にやって来たではないか。
見ればトートバッグの中には先ほど万引きしたらしき品物が入ったまま。

・・・。
ふと思いついた。
丁度いい気晴らしになるのではないか・・・と。
私は彼女に気付かれないように・・・勿論他の客や防犯カメラにも注意を払いながら
こっそりと彼女のバッグの中に売り物のCDを1枚放り込んだ。
・・・・・・。
女子生徒は気付かない。
私はそっと彼女の元を離れ、そのまま店を出た。

外へ出てからホッと一息つく。

(えへへ・・・上手くいっちゃった)

CDには防犯用のタグがついている。
彼女があのまま気付かずに店を出ようとすれば防犯ベルが鳴り響き、バッグの中を検められることになるだろう。
その時の彼女の慌てふためく姿を思い浮かべると何故だか胸のあたりがスーっ軽くなるような気がした。





あらからずっと昨日の件が気になっていた。
別に正義感からやったことでは無いし、彼女に個人的な怨みがあったわけでもない。
単なる憂さ晴らし。
ちょっとしたスリルと達成感。
・・・そして僅かな罪悪感。

ただ、妙に気持ちが良かった。
人を貶める快感・・・というのだろうか?
自分にそんな卑しい趣味があったのかと思うと少しだけ複雑な気持ちだったが・・・

(でも・・・少しくらいストレス発散しても良いわよね?)

正直私はかなり興奮していた。
昨日のことを思い出すだけで体中にアドレナリンが駆け巡り、かつてない高揚感に包まれる。
セックスなんて比じゃない。
以前に一度だけ気晴らしでしてみたことがあったが、皆が言うほど大したものではなかった。
相手は当時付き合っていたそれほど好きでも無かった1つ上の先輩。
真面目なだけで面白くもなんとも無い男だった。
結局その彼とはそれからいくらもしないうちに自然消滅。
だが、今回の遊びは違う。
言葉にし難い満足感が私の心を満たしてくれる。

・・・これは癖になるかもしれない。





また私は例の本屋にやってきた。
この間のように誰かの鞄にCDを入れてやるつもりだ。

CD売り場でキョロキョロと見回していると、髪の毛を茶色に染めた如何にも頭の悪そうな女がいた。

(今日はあれでいいや)

私は女にそっと近づくと適当に選んだCDを一枚その女のポケットに入れてやった。

女は気付かなかった。
(やった!)と心の中で小さくガッツポーズをとって私は笑いを堪えながらそこを離れた。

だが・・・

「ちょっと待てよ、お前」

店を出てすぐに1人の男に腕を掴まれた。

「なかなか面白いことするじゃん」

男はニヤニヤしながら私に話しかける。

(やだ・・・もしかして見られた?!)

「放してよっ!」

私は必死で男の手を振り解いた。

「あれ?・・・お前確か本条じゃないか?」

(嘘・・・何でコイツ私の名前知ってるのよ!?)

私は全力で走り出した。

・・・追ってこない。
男はただニヤニヤと私の方を見て笑っているだけだった。





家に着いてから思い出した。
さっきの奴は確か私と同じ学校の山田。
ガラが悪いことで有名な生徒だ。

(ああ、どうしよう・・・まさかあんな奴に見られるなんて・・・)

とにかくなんとかしないといけない。
あの山田を放って置いたらきっととんでもないことになるだろう。
先生や友達に言いふらされたりでもしたら私が今まで築いてきたものが・・・

(嫌だ・・・あんな奴に私の人生を滅茶苦茶にされたくない)

その日の夜は殆ど眠れなかった。
しかし結局良い案は浮かぶことも無く、無常に朝は訪れる。
私は気だるい体を引き摺って登校した。





あの日を境に私の日常は大きく変化した。
まさに緊張の連続。
気の休まるときが無い。
学校に居ればいつ山田が「あのこと」をネタに私を脅迫しに来るか・・・
そのことばかりが気になっていた。

廊下に出れば無意識のうちに山田の姿を捜してしまう。
だが、実際に山田を見つけてみたところでどうすることもできず、私はただ遠くから様子を伺うだけ。
これと言った方策が無いうちはこちらから下手に接触することはできないのだ。
そんな私に気付いてかどうかは分からないが、山田はいつもニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら私の方を見ていた。

昼休み。
私は一人でお弁当を食べながら教室の中にいるクラスメイトの会話に聞き耳を立てる。
誰かが私のことを話題にしていないか・・・
「あのこと」が漏れてはいないか・・・
だが、今のところはまだ噂には上っていないようだ。
・・・山田はまだ「あのこと」を誰にも喋っていない。
それを確認し私は胸を撫で下ろす。

家に帰れば帰ったで、今度は母親の小言が待っている。
このところ勉強が全く手に付かず、成績は落ちる一方なのだから当然と言えば当然だ。
ベッドに入って電気を消しても恐ろしい想像が頭の中を埋め尽くし、眠ることさえ容易ではない。
そして夜が明ければまた憂鬱な気分で学校へと向かう。

そんな毎日が延々繰り返される。

このままでは私はいつか気が変になってしまうかもしれない。
なんとかしなければならない。
もう手段を選んでいる余裕は無い。

だから私はある1つの作戦を実行に移すことにした。
それは山田が学校に居られなくなるような・・・そしてちょっと可哀想だがもう一人の邪魔者にも一緒に消えてもらう。
言ってみれば「一石二鳥」な作戦。

あの独特の高揚感が再び私の中に湧き上がってくる。



→To be continued


あとがき
まず最初に・・・前回のあとがきのことは無かったことにしてください!(土下座)
そのまま一気にクライマックスに行こうかとも思ったんですが、悩んだ末にこんな形になってしまいました。
しかも「触手」無し「エロ」無し「グロ」無し・・・
ソッチ方面を期待されていた方には本当に申し訳ない。(汗)

あと今回、文章校正など一部で富士さんに協力していただきました。
この場を借りてお礼を言わせていただきます。
ありがとうございました☆